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2009.12.23

システム動作をどう説明するか。

業歴が長いせいか、最近あちらこちらの講演に駆り出されて、初心者向けに専門的な話をしている。
いつも悩むのがPVの動作の説明方法。いきなりIVカーブやダイオード特性を持ち出すと、ワケが分からなくなるらしい。それで、オーム法則から積み上げることを試行している。

するとまぁ、これはこれで、電流とは何か、電圧とは何かの定義付けからはじまって大掛かりになる。日本のPV関係者は理系も文系もなく、様々なので根っこからはじめざるを得ない。しかし、小学校~中学校に習ったことを、誰もが理解しているとは言えない。理系屋は、算数理科を忘れた文系屋をバカにするけど、そういうものじゃないだろう。今使わないことなど、忘れてしまうのだ。現代社会での職は、あるセクションを担うことになってしまっているから、誰だって今やらないことはどんどん忘れる。職業人としての社会人には、実際、知識や教養の幅よりも、深化の方が求められている気がする。

だから、電圧電流とか、忘れてしまっている人に対し「あんたなぁ、それって、子供の頃にならっただろ!!」といきなり怒るのではなく、思いやりを持って、順を追って説明することが大事だと思う。

しかし、初めからの説明はかなりめんどくさい。本題に入るのが遅くて、自分はもちろん、聴く側の、特に理系実務者の誰もがいらついてしまう。何かうまい方法が無いかなぁと思案していたら、結局、独立型から系統連系の発明までの技術方式を歴史的推移として話すのが良いのではないかという結論に至った。

ダイレクト負荷駆動、蓄電池バッファ、そして系統連系。
思い切ってこれを歴史軸、発展軸として取り扱ってしまう。本当はそうじゃないし、アプリケーションに応じて技術方式を使わける現実があるのだけれど、あえてそう決めつけてしまうことで理解を助ける。こんな感じか。

独立型では、シャント制御かシリーズ制御か、いずれかの方法で投げ捨てを行い、負荷抵抗とPVIVの交点を一致させないとならない。

昼夜を問わず連続運転をしたい負荷が出てきたら蓄電池をバッファとして使う。しかし、これではPVから得ることができる電力は、いつも最適動作点と乖離し、損が多いから系統連系という発想に至る。技術方式としては発電機のパラランだ。

だけどこれも変動を受け入れるのは、あくまでも系統側なんだよ。。。系統連系の発明によって、発生電力、負荷電力の変動幅吸収という厄介な面は、全部外にあずけられてしまった。しかも知らず、電力系統に負担をかけている。やっぱり電力会社をまるで仮想敵とみなすPV関係者のあのやり方は、問題が多い。
何か、もう少し両者が歩み寄る方法がないものか。

ありゃりゃ、だいぶ話題がずれてしまった。

12月 23, 2009 開発・具体的な取り組み | | コメント (1) | トラックバック (0)

2009.12.18

体験と経験と

昨晩、思想家の藤田邦彦氏とごはんを食べに行った。
いつもながら表題のような言葉を丁寧に使い分ける、そんな彼の姿を頼もしく思った。

数式が解け設計図を書けることと、手を動かしてブツを作れることとは厳然として違う。
見聞きしたことがあるのと、やれるのとでは全然違う。
他人の下で対象物を触っただけでは、独りでは何もできない。これが普通だろう。
建設業では親方、サラリーマン社会では上司ってやつになってはじめて自分の無力に初めて気付かされる。誰しもそんな思いをしたことがあると思う。自分の血となり肉となったものだけを経験と呼ぶのだ。
そう彼は定義していたように思う。

ああ、こういうことすらも、意識的に取り扱わないと会話が成り立たないのか。日本語は難しい。

外国の人と話すと、明快な話ができることが多い。
どうしてなんだろう、とふと考えた。
お前がそう言っているその前提って、何だ?
お前の質問の前提は、何だ?
んな、かったるい確認を行うまでもなく、日本人同士以外では、俺の前提はこうだと前置きしてから話すの普通。日本以外では、同じ土地に住んでいても、言葉が違うことが多いから、ロジカルな会話がコミュニケーションの基本を支えるのだと思う。笑顔が大事だなんていう人もいるけど、それだけじゃ文化の違いを埋められない。

日本人同士でもう少しきちんと話をする習慣ができたらばなぁ。。。。
お前、わかってるやろ?的な前提が、家族間の会話はもちろん、ビジネスすらも怪しくしてしまう。
日本人同士も、もっと丁寧でもいいと思う。

この数年、英語はもちろん、台湾語やら韓国語やらドイツ語やらフランス語の手書きや発声をごちゃごちゃと混ぜながら話をする機会が多い。手間をかけないと通じない。でも、本来これが当たり前なのだと思う。
さらにいえば、違いは言葉なんかじゃないのだと思う。
皆が異なった環境を生きている。むしろこの事実が重要だ。
そもそも、人と人とがわかり合うということはとても難しいのだ。
そして、これこそ当然なんだと思う。
だから人と合うのは面白い。本当に面白い。
ああ、毎日、誰もが一瞬一瞬を綱渡りの危うさで人と理解しあっているのだ。本当は。

一方、世界共通というやつもあるようだ。
通訳が全然わかっていないのに、話者同士ときちんと意思が通じることがある。
それは算数とか理科をベースとした事柄に多い。
ああ、すごいなぁ。実は世界共通語ってあるんだ、って当たり前のことを思う。

この社会も、学歴での文系とか理系とか、あんな浅ましい区別はもちろん、PVでも屋根屋だとか電気屋だとか、無益の棲み分けをやめたらどうか。
自分を狭い世界に閉じ込める人が生きる世界は本当に狭くなってしまう。世界は自分が思うよりもっと広くて面白い。

12月 18, 2009 人間的な、あまりにも人間的な | | コメント (2) | トラックバック (0)

何がわからないのか、少しわかった。

長年PVをやっていると、このご時世、問い合わせが沢山ある。
昨今のバブルで大変なことになっている。
誰が大変かって、答える側がだ。
なにしろ、彼らが寄越す質問そのものががひどいことになっている。
何がひどいかって、問い合わせの仕方がひどい。
問い合わせをしてくるユーザー自身、業者自身、自分が何をしたいのかわかっていないのだ。
話を聞く僕の側からすると、彼(あるいは彼女)が偉くなりたいのだか、儲けたいのだか、その違いすら見えない。
これでは、答える側は、モノゴトの定義と確認から積み上げてゆかないとならない。

日本人の問い合わせは特にひどい。
彼らの問いは、外国人からのそれと比べると、いつも茫洋としている。

電気設計もしたことがない癖に、どうやってPVシステムを組むのか、とか。
太陽電池モジュール設計もしたことがない癖に、どうすれば信頼性が上がるのか、とか。
構造設計すらできない癖に、いつの間にかシステム案と見積が出来ていて、このプロジェクト、助けてくれ、とか。
仕事を呉れ、とか。(←工事屋に多い)

端的で大きすぎる質問は意味をなさない。
知識も経験も無い者がそんな問いを発するのは無益だ。
せめて、何をしたいのか、いくらの銭を投入可能かを意思表示しないと前に進まないのだよ。
オーナ候補の意識も滅茶苦茶だ。
見積を呉れなんて簡単に言うけれども、必要な費用は、目的と概要設計次第で桁の単位で違ってくるのだ。
しかも、設計の手間は工事どころではない。
今では、システム総コストに比べて太陽電池がタダ同然になってしまった。
もはや設計の方が重いのだ。とても無償見積もりなんかできない。
見積もりしてくれ、なんて電話一本。もうこういう問い方は無理だな。
状況はすっかり変わってしまったのだ。

連日お粗末な問い合わせが来るので、日本人のモラルだけが特別に低いのかと頭を悩ませたこともあった。
しかし、自分の小さな愛国心からは、そうは思いたくない。無邪気なだけだと思いたい。

しかし、背景をよくよく調べてみると、どうやらホントに無邪気なだけの日本人。
インターネットや本には邦文が無いのだよ。
太陽光発電どころか、丁寧に書かれたオーム法則の本もないし、力学本も無い。
蓄電池だって、ちょっと使えるのは、旧GSが書いてくれたあの本くらいなのだ。
しかも、あれは初学者には難しすぎるだろう。
PVに関する法務指南書もゼロ。
これではたとえ大卒、院卒レベルの工学知識を持っていても違法モノしか作れない。
この状況、初学者にはあまりにも辛くないか??
(不思議なことに何故かマーケット概況情報だけはありふれているが)
何かをやってみようと思っても英語漬けにならないと何もはじまらないようにすら感じる。

どうやら彼らは、邦文で知りうる限りの範囲で、尋ねているのだ。

そういうことがわかってきたのも、EU、豪州やドイツ、アメリカや台湾、韓国の技術資料を集めだしてからのこと。ご存知の通り、今じゃ、洋書が簡単に手に入る。漢文(繁体、簡体も)なんとか入手できる。
片っ端から読破するのにもう何百万も使い、もう何年もかかってしまったよ。
おかげで、日本の置かれている状況が本当によくわかってきた。

この国は、長年、教育活動をおざなりにしてきてしまったんだなぁ。。。
せっかく良い製品があっても使う方法を知る人が少ないんだもの。

この数年悩んでいたことが、なんとその程度のことだったと、つい最近になってはっきりと分かった。
じゃ、これからどうしようか。
それはこれからのお楽しみ&苦しみ。

少なくとも僕は、メーカーに預けておけば安泰というMETIのフィーリングには大反対である。
韓国や台湾がPVをスタートしたときにも、最初に大いに手助けしてやったのはドイツの方が多い(と感じる)
発電素子とモジューリングの先駆者である日本人が何故か外に出ないのは、システムに関する技術力が無いからだ。この状況は、今からでも修正しないとならない。

日本市場は商社(訪問販売含む)から始まってしまったので、業者や消費者がPVのことをなんにも知らないのは、ある意味仕方ない。
でもそれも、今からでも、遅れていても、なんとかしたいではないか。

12月 18, 2009 開発・具体的な取り組み | | コメント (0) | トラックバック (0)