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2009.12.18

体験と経験と

昨晩、思想家の藤田邦彦氏とごはんを食べに行った。
いつもながら表題のような言葉を丁寧に使い分ける、そんな彼の姿を頼もしく思った。

数式が解け設計図を書けることと、手を動かしてブツを作れることとは厳然として違う。
見聞きしたことがあるのと、やれるのとでは全然違う。
他人の下で対象物を触っただけでは、独りでは何もできない。これが普通だろう。
建設業では親方、サラリーマン社会では上司ってやつになってはじめて自分の無力に初めて気付かされる。誰しもそんな思いをしたことがあると思う。自分の血となり肉となったものだけを経験と呼ぶのだ。
そう彼は定義していたように思う。

ああ、こういうことすらも、意識的に取り扱わないと会話が成り立たないのか。日本語は難しい。

外国の人と話すと、明快な話ができることが多い。
どうしてなんだろう、とふと考えた。
お前がそう言っているその前提って、何だ?
お前の質問の前提は、何だ?
んな、かったるい確認を行うまでもなく、日本人同士以外では、俺の前提はこうだと前置きしてから話すの普通。日本以外では、同じ土地に住んでいても、言葉が違うことが多いから、ロジカルな会話がコミュニケーションの基本を支えるのだと思う。笑顔が大事だなんていう人もいるけど、それだけじゃ文化の違いを埋められない。

日本人同士でもう少しきちんと話をする習慣ができたらばなぁ。。。。
お前、わかってるやろ?的な前提が、家族間の会話はもちろん、ビジネスすらも怪しくしてしまう。
日本人同士も、もっと丁寧でもいいと思う。

この数年、英語はもちろん、台湾語やら韓国語やらドイツ語やらフランス語の手書きや発声をごちゃごちゃと混ぜながら話をする機会が多い。手間をかけないと通じない。でも、本来これが当たり前なのだと思う。
さらにいえば、違いは言葉なんかじゃないのだと思う。
皆が異なった環境を生きている。むしろこの事実が重要だ。
そもそも、人と人とがわかり合うということはとても難しいのだ。
そして、これこそ当然なんだと思う。
だから人と合うのは面白い。本当に面白い。
ああ、毎日、誰もが一瞬一瞬を綱渡りの危うさで人と理解しあっているのだ。本当は。

一方、世界共通というやつもあるようだ。
通訳が全然わかっていないのに、話者同士ときちんと意思が通じることがある。
それは算数とか理科をベースとした事柄に多い。
ああ、すごいなぁ。実は世界共通語ってあるんだ、って当たり前のことを思う。

この社会も、学歴での文系とか理系とか、あんな浅ましい区別はもちろん、PVでも屋根屋だとか電気屋だとか、無益の棲み分けをやめたらどうか。
自分を狭い世界に閉じ込める人が生きる世界は本当に狭くなってしまう。世界は自分が思うよりもっと広くて面白い。

12月 18, 2009 人間的な、あまりにも人間的な |

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コメント

サイトの掲示板の方が、なぜか繋がらないようです。

投稿: あのー | 2009/12/22 6:19:09

掲示板はレンタルサーバー会社の倒産により壊れています。別サーバーを借りましたので、そのうち復活させます。

投稿: よしどみ | 2009/12/23 1:01:05

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