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2009.12.18

何がわからないのか、少しわかった。

長年PVをやっていると、このご時世、問い合わせが沢山ある。
昨今のバブルで大変なことになっている。
誰が大変かって、答える側がだ。
なにしろ、彼らが寄越す質問そのものががひどいことになっている。
何がひどいかって、問い合わせの仕方がひどい。
問い合わせをしてくるユーザー自身、業者自身、自分が何をしたいのかわかっていないのだ。
話を聞く僕の側からすると、彼(あるいは彼女)が偉くなりたいのだか、儲けたいのだか、その違いすら見えない。
これでは、答える側は、モノゴトの定義と確認から積み上げてゆかないとならない。

日本人の問い合わせは特にひどい。
彼らの問いは、外国人からのそれと比べると、いつも茫洋としている。

電気設計もしたことがない癖に、どうやってPVシステムを組むのか、とか。
太陽電池モジュール設計もしたことがない癖に、どうすれば信頼性が上がるのか、とか。
構造設計すらできない癖に、いつの間にかシステム案と見積が出来ていて、このプロジェクト、助けてくれ、とか。
仕事を呉れ、とか。(←工事屋に多い)

端的で大きすぎる質問は意味をなさない。
知識も経験も無い者がそんな問いを発するのは無益だ。
せめて、何をしたいのか、いくらの銭を投入可能かを意思表示しないと前に進まないのだよ。
オーナ候補の意識も滅茶苦茶だ。
見積を呉れなんて簡単に言うけれども、必要な費用は、目的と概要設計次第で桁の単位で違ってくるのだ。
しかも、設計の手間は工事どころではない。
今では、システム総コストに比べて太陽電池がタダ同然になってしまった。
もはや設計の方が重いのだ。とても無償見積もりなんかできない。
見積もりしてくれ、なんて電話一本。もうこういう問い方は無理だな。
状況はすっかり変わってしまったのだ。

連日お粗末な問い合わせが来るので、日本人のモラルだけが特別に低いのかと頭を悩ませたこともあった。
しかし、自分の小さな愛国心からは、そうは思いたくない。無邪気なだけだと思いたい。

しかし、背景をよくよく調べてみると、どうやらホントに無邪気なだけの日本人。
インターネットや本には邦文が無いのだよ。
太陽光発電どころか、丁寧に書かれたオーム法則の本もないし、力学本も無い。
蓄電池だって、ちょっと使えるのは、旧GSが書いてくれたあの本くらいなのだ。
しかも、あれは初学者には難しすぎるだろう。
PVに関する法務指南書もゼロ。
これではたとえ大卒、院卒レベルの工学知識を持っていても違法モノしか作れない。
この状況、初学者にはあまりにも辛くないか??
(不思議なことに何故かマーケット概況情報だけはありふれているが)
何かをやってみようと思っても英語漬けにならないと何もはじまらないようにすら感じる。

どうやら彼らは、邦文で知りうる限りの範囲で、尋ねているのだ。

そういうことがわかってきたのも、EU、豪州やドイツ、アメリカや台湾、韓国の技術資料を集めだしてからのこと。ご存知の通り、今じゃ、洋書が簡単に手に入る。漢文(繁体、簡体も)なんとか入手できる。
片っ端から読破するのにもう何百万も使い、もう何年もかかってしまったよ。
おかげで、日本の置かれている状況が本当によくわかってきた。

この国は、長年、教育活動をおざなりにしてきてしまったんだなぁ。。。
せっかく良い製品があっても使う方法を知る人が少ないんだもの。

この数年悩んでいたことが、なんとその程度のことだったと、つい最近になってはっきりと分かった。
じゃ、これからどうしようか。
それはこれからのお楽しみ&苦しみ。

少なくとも僕は、メーカーに預けておけば安泰というMETIのフィーリングには大反対である。
韓国や台湾がPVをスタートしたときにも、最初に大いに手助けしてやったのはドイツの方が多い(と感じる)
発電素子とモジューリングの先駆者である日本人が何故か外に出ないのは、システムに関する技術力が無いからだ。この状況は、今からでも修正しないとならない。

日本市場は商社(訪問販売含む)から始まってしまったので、業者や消費者がPVのことをなんにも知らないのは、ある意味仕方ない。
でもそれも、今からでも、遅れていても、なんとかしたいではないか。

12月 18, 2009 開発・具体的な取り組み |

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