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2011.03.22

放射線のキャロットダイヤグラム未解説の怪

どうして今回の放射線についてキャロットダイヤグラムの説明が無いんだろう。皆、それを知りたいのではないだろうか?
Iec61518

少なくともウチがとっている新聞には何も書いていない。これでは我々工業に関わる者しか理解出来ないのではないか。

5/11追記
コメントを期待していたのですが、Noshingなので追記。

リスク評価やハザード評価の物差しには、Hormesis仮説と閾値仮説とLNT仮説と3つがある。これは原子力に限らず化学物質やら労働安全やら社会の安全保障でも同様。

日本は原発村プロパガンダ上はLNT。だから、原発推進側資料には、ALARP領域が無いわけ。だが、政府が主導する危機対応行動は閾値仮説に従った。これはALARP式といってよい。日本の放射線ネガティブリスク認識が混乱している原因はここにある。

全ての報道を見るのは我が家の経済上無理なので、あの事故以来せっせと外食をし、新聞各紙を読んだ。さらに先日は大量に雑誌を買ってみた。凄い量・・・2万円弱。マスコミはちっともこのことを言っていない。ひどい。誰一人、説明を試みていない。原発村から金を掴まされて黙っているのか。せめて海外誌と両方読もう!!

3月 22, 2011 | | コメント (8) | トラックバック (0)

2011.03.21

原子力アレルギーを思う

原子力アレルギーとは何だろうかと考えることがある。これを原爆の文脈でのみ捉えるのは性急に過ぎる。

<原子力太陽光発電>
原発は核分裂エネルギーで動く。一方、太陽光発電は核融合エネルギーで動く。太陽電池は、時空間的な距離と大気のフィルタを通じて有害物が弱められた状態で地上にやってくる太陽の核融合エネルギーを利用している。だから太陽光発電はそもそも、巨大フィルタを通じただけの巨大な核システム(原子力発電など比べものにならないくらい大きな核システム)なのだと言うことができる。

<フィルタがもたらす鈍感の奇怪>
つまり、原子力発電も太陽光発電もどっちも原子力で動く。
しかしどういうわけか原子力アレルギーの人は太陽光発電を持ち上げることが多い。
この奇妙さは、我々の社会の様相から理解出来る気がする。
我々の日常感覚が太陽電池に核を感じないのは何故か。それはこれらのフィルタのせいだろう。他物が原子力の有害な面を抑えてくれているから気にならないだけなのだ。人間は、直接的でないものに対して鈍感なのだ。

<立場を変える人々>
この鈍感さは、ビジネスの中にしばしば見受けられる。
どうせこのブログでは太陽光の話ばかりしているのだから太陽光ビジネスを例に挙げてみよう。太陽電池の商取引では製造者から商社、商社から工事屋、工事屋から消費者などとバトン数が多い。何か問題が起こったときにこの多段構造が問題となって浮き彫りになる。商社連中を観ていて興味深いのは、当事者性の無さという言葉に代表できると思う。販売時にはメーカーの立場に立ってセールスを進め、トラブル時には消費者側に立ってメーカーを責める。普段はのれんの陰で商売をする特権を使い、いざ特権がおかしいとなったら人権側。彼らは一体どっちの立場なのかと思う。この誰でもないところに身を置くことが、知らず、彼らの商売リスクを低減している。この様相は工事屋についても同様で、自社直売直営だったらやらないだろうことを、下請け業務の中ではおかしな資材を使った組み立て工事を何の迷いものなく引き受けてしまう。消費者としてはどっちを向いて文句を言えば良いやら分かりやしない。ビジネスの論理というのは人間理性においてかくも破綻している。
どうやら多段な流通構造は人間に普通に備わっている責任感覚を逸らし、鈍感さを倍加させる効果があるらしい。

<東電もまた同じ>
そういえば、福島第一原発事故の初動に際して東電の「(現場から)・・・と聞いています」といった煮え切らない態度も太陽光発電業者のそれと良く似ている。彼らは現場を代表する立場としてモノを尋ねられているのだから、伝聞系で答えるのは筋違い。様々な介在物があると人はこうも自分の生身の感覚に素直になってしまう。※ニーチェの遠近法とはこういうものかもしれない。

<原発反対論者はどこに位置するのか>
私たちがやっている太陽光発電というものは昔から原発との関わりが深い。少なくとも90年代の私の経験では山小屋や官公庁・地方自治体といった特殊な立場にある人々を除くと原発反対派が主な太陽光のお客さんだった。そういう人の家には学問的なものから広瀬隆やら恐怖商法みたいな本までごちゃまぜに積み上がっていたから、彼らの心情をどこまで真面目に受け止めれば良いのか、自分はどう考えれば良いのか悩みつつも、やっと平地にPVがやってきたとばかり仕事を楽しませてもらったものだ。思えば我乍ら勝手な話である。
一方、当時の私が彼らについて怪しんだのは、原発の恩恵を受けていることを彼ら自身があまり意識していないことであった。私は電力需要の増大が原発を必要とさせるのだと思ってきたから、エアコンの効いた部屋で原発反対の議論をする人々を異様と感じた。電気に色がついていないからだろうか。つまり対象からあまりにも遠いと誰もがこうなってしまうらしい。

<構造的に捉えると>
これらの構図を単なるアナロジーと見てはならない。
原子力の安全を考える上では責任のありかをはっきりさせないとならない。しかし太陽光発電についても同じことが問われているのである。社会が複雑化するにつれてバトン数は増えてゆく。最初にバトンを繰り出した者も中間者達もアンカー者も今では一気通貫な現場を持たない。現代社会はもはや、誰も誰かに対して責任を負うことはない。科学技術への漠たる不安の根源は実はこんなところにあるのではないかと思ったりする。

3月 21, 2011 環境・エネルギー | | コメント (5) | トラックバック (0)

原発か太陽光かという旧い問いについて

テレビで福島第一原子力発電所の様子を見て、つくづく原子力というものの扱いの難しさを思った。エネルギーソースとしての原発の難しさは、その制御の難しさなのだと思う。学問的に整理したものではないけれども、印象的には以下がある。
1.高エネルギー密度
2.時定数が大きい
3.各パラメタが目測不可能
※制御失敗の結果は、今回の震災でその一部が再現されている。

なにしろ高エネルギー密度ということは制御失敗時に手がつけられない。ダムの決壊や製油所の火災もそうであった。元々人間の制御下に無いものまで含めてしまうと、地震や津波もそもそもそのような性質を持つ。

ところでエネルギー資源に必要な条件を考えるとこんなところ。
・大量にあること
・濃縮していること
・採取しやすい経済的な位置にある
原発という発想においては、大量・濃縮というエネルギー資源条件と原発の高エネルギー密度という特性が、一致してしまうのだ。そしてこのことが原子力エネルギー推進の原動力となってきたと私は考えている。

注意しなければならないのは、エネルギー密度が高いということはエネルギーの条件を満たす一方で制御が難しくなるという現実である。原子力には、有り難い性質(エネルギー資源条件の満足)と有り難くない性質(制御困難)とが二面性として同居してしまっているわけだ。

ここまでは資源としての原子力の話。次には利用面のことを考えないとならないだろう。エネルギーの利用に必要な条件として安定性がある。これは公開議論の中で自然エネルギー屋がいつも電事連にやり込められてしまう部分だ。太陽光や風力はフラフラしていて頼りない、と。彼らの言い分を、分かりやすさのために少し極端な説明を通じて解説するならば、太陽電池では雲の移動による日影だけで家庭の電灯の明滅すら招きかねない、そんなものは電源としての役割を果たせるのかということだ。

この電源利用側都合はおのずと時定数が大きいことを求める。この点原発はもってこいだ。原発は一旦立ち上がった後は、超大型フライホイールのように何にも揺らがない慣性を持って負荷変動を支える。家庭の電灯どころか工場や鉄道の回転機のオンオフにも揺るがない。ありがたい事だ。お陰で私たちは普段、いちいちの負荷の使用可否を電力会社に尋ねたり彼らからの許認可を得る必要もない。(一方で単独の太陽光発電では施設内の電気担当者にイチイチを尋ねて計画的に電気を使う)
ところがだ、いざ止める段になると原発のこの有り難い性質が厄介者となって立ち現れてくる。広い意味での時定数ということではタービンミサイルやら色々なことを考えないとならないのだけれど、今回の場合はそれが燃料棒の崩壊熱の形で現れてしまっている。

で、何を言いたいかというと、自分でもよくわからない。
エネルギーに何を選べば良いのかの端的な答えは、もちろんない。

最近では息をひそめた議論に太陽光か原子力かという究極の選択があった。しかし上のようにほんの少しまとめてみても分かるように、エネルギーの議論は、単純な二者択一的なところに押し込めてはならないと思う。太陽光か原子力かといったいい加減な二者択一では、問いかけそのものに無理がある。欲しい物を選びとる際には、欲しくないものまでくっついてきてしまうからだ。
だから、何かを提案したり選択してもらったりする際には、正の面とともに負の面を相手にきちんと理解してもらう必要がある。長年の原子力行政が不味かったのは、ベストミックスだCO2を出さないのだとかいう正の面のプロパガンダばかりで、負の面についてきちんと説明してこなかったことだ。安全だ安全だと言われるとそこまで安全に不安があるのか、と誰もが思う。ならばリスク内容をこれでもかとばかり説明した上で既に用意されている対策内容を議論したほうが、まだうまくゆくと思う。

太陽光もこの状況から学ぶところが大きい。クリーンだとか地産地消だとか良いことずくめの話ばかりで良いのか?例えば風害。住宅PVはキット化が進んできたから耐風圧の等質性が面的な被害を拡大させている。雪害もそう。極端に強いものと極端に弱いものがあったりしないから、少しの大雪が来ると地域のPVが全部ダメになってしまう。(で、当事者たちは天災だとか馬鹿な事を言っている。長くともたったの100年しか生きていないのに。)この面的な被害という断面だけを捉えるとスレショルドを超過したPV群が社会に与える影響は原発にも良く似ている。

こうやってイチイチを相対化してゆくと何をやっても面白くないことになってしまうが、ニヒルになっても何の解決にもならない。かといってサイコロを降るようなモノの決め方ではならないだろう。性急な価値判断の前にまずはエネルギーインフラのそれぞれの現象面をきちんと捉え、実体的な関係をみてゆくことが求められる。

3月 21, 2011 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.03.16

ヘリ待機者の心得

今回の災害を観て思ったのは、ヘリ誘導とヘリ待機について一般人に広く知ってもらう必要です。そうしなければ救助者の負担が大きくなりすぎ、他の被災者救助の余裕が減ってしまうからです。ヘリレスキューを7年間やっていた経験から、被救助者側の心得について簡単に書いておきます。

<ヘリ搭乗者の心得>
●補助員が降下してくれる場合
補助員が降下してくれる場合は、その人の指示に従います。ただし、すべての人が基本的な心得を持っておくことが必要です。
●臨時ヘリポートの作り方
周囲に樹木等障害物のない広い場所、風況の良い高所を選び、Hマークを明示します。
●飛散物対策
ロータによって飛散物が発生します。飛散しやすいものを予め一箇所にかき集めて石などの重しを載せておきます。
●待機者の集合
パイロットはテールロータやメインロータによって人を傷つけることを恐れています。したがって待機者は一箇所に集合します。また、ヘリは風下からアプローチしますから、風上を背にして待機します。斜面では高い側を避け、低い側に集まります。
●機体乗降時の心得
メインロータによる事故防止のために低い姿勢で待機します。
テールロータ側には決して回ってはなりません。
飛散防止のため、帽子やハンカチは、予めポケットやザックに仕舞います。
また、着衣のジッパー、ボタンは予め止めておきます。さもなくば姿勢を崩したりなど様々な問題を起こします。
●ホイスト
ハーネス装着状態、カラビナのゲート確認を徹底します。
スキッドと体のからみに注意。ぶらぶらした紐状のモノは予め外しておきます。
●パイロットやヘリ搭乗員と無線が通じる場合
・風速、風向、視界、周辺状況を伝える。
・受信メリット(1~5)を伝える。
・要件は1件ずつ。相手の番を明示する。「何々を、こうせよ。どうぞ」
(いっぺんに言うと互いにワケが分からなくなる)
・複数の要件がある場合は、用件数を最初に宣言する。
・復唱を徹底。「何々の件、了解」
・衛星電話の使い方も上記と同じ!!(テレビを見ているとアナウンサー達が衛星電話や無線機に慣れていないことがよくわかる)

へり誘導の方法は業種によって微妙に異なりますから、誘導者向けの話は省略します。

※話は違いますが、学会や講演で2つも3つもいっぺんに質問をする人を見ます。あれは非常に良くない。
意思疎通を確実にしてゆくためには、
質問者(依頼者):これはどうだ?どうぞ。
回答者(受託者):これはこうだ。どうぞ。
質問者(依頼者):これはこうだの件、了解。
このように丁寧にこなすのが有効。

3/19追記
レスキューの現場を見て他にも色々と思った。

<荷物の扱い>
物資不足に際して荷物がヘリやら船から運ばれる。この時の荷物の扱いがもう少し訓練されていればな、と感じた。それどころではない、という感情論も出てこようが、そういうところに話を納めてはならない。ああいうのは、要領が悪いと不必要にくたびれるからだ。物資は大抵の場合、ダンボール箱に納められてやってくる。ダンボール箱というのはこれまた扱いが悪い。例えば、人から人への手渡しにおいては手から滑り落ちてしまうことが多い。半分屈んだ状態でトラックの荷台の奥に荷物を詰め込んでいると腰を痛めてしまう。
実はああいうのは、テクニックとして解決できる部分が大きい。ダンボール箱のバケツリレー的手渡しでは、向こうとこちらの交互に並ぶと良い。受け取るときは胸に、差し出すときは相手の胸に押し付ける。搬送距離を見て、何人を配置するのが良いか、指導者があると良い。トラックの奥への荷物搬入は膝をつくなど姿勢を安定させた上で荷物を滑らせると良い。狭い場合は、荷物の角を利用して「歩かせ」る。こういうことを体で知っていないと体力任せになる。実際100kg/個くらいから難しくなる。荷物を歩かせるということを知っていれば、4人程度で数百キロのモノを動かせることがある。
もちろんソロバンといった搬送道具があると良いのだが、あの状況ではそこまでは気が回らないだろうし数が無い。だからこういうことはハードウェア頼みシステムとして頭の交通整理をしてはならないだろう。それで私は、どうして荷物のハンドリングがああなるのか、に興味を持った。こういう当たり前のテクニックが自然発生的に出てこないのは、社会が高度に分業化されてしまったからか。
また、ダンボールという流通も考えらせられた。流通というのは、ビジネスであり効率を追求しているからフォークリフトでのハンドリング性とトラックへの収納性、容器としての扱いの良さに心血が注がれる。そうすると人間が扱いやすいものではなくなるようだ。
はい作業ということもしみじみ考えた。経験の無いボランティアをほったらかしにしていると荷物のまとめ方がメチャメチャになる。ダンボールや米袋、セメント袋というものはよく出来ていて卍に組めばよく積み上がる。これも広く知られていなければ、分かる者だけがくたびれてしまうに違いない。

<”もっこ”とセンターワイヤー>
荷物のヘリ搬送の際、ヘリが地上に着地していたらヘリ部隊の方がこれまた忙しい。ああいう救難場面こそ、センターワイヤー方式で行くべきだ。空もっこのピックアップが出来る人が地上に居れば、どれだけ救援効率があがることだろう。それが居ないから、自衛隊員にあれほどの負担がかかるんだろうけど。
建設業はクレーンを使うからもっこの扱いがある。建設業に従事する人は日本中にゴマンとあるので被災地においても活躍の期待が高い。しかし、彼らの中ではもっこを畳まないことが習慣化している。だからヘリ運送にあのままの仕事術を適用するとテールローターにもっこが絡まってしまう。そういう心配もあって、航空法の規制などもあって着地しているのか。では、日頃から建設業のほうが丁寧であれば、パイロットは建設業出身者を地上員として信頼しただろうか。実はこれはこれで精神論として難しい。一緒に酒を呑んだこともないような者にパイロットはもっこを預けるだろうか。そういう疑問が出てくる。なにしろパイロットには自分と乗員の命がかかっているのだ。しかしこの難題に丁寧に向き合わないと、今回のような面的災害が再び発生した際に、今回と同様、たちまち救助側リソースが不足してしまうだろう。

<・・・>
救助者の心得はもちろん大事で、これはよく研究されもしているが、今後は「救助される側」についてもっと語られていても良い気がする。上に書いたような、両者の切れ目をつなげる工夫が今後の防災にあって欲しい。

3月 16, 2011 | | コメント (0) | トラックバック (0)

被災地へ太陽光発電での支援をしたい

被災地の方、被災地近隣県の方へ
●必要な電力、仕様
●交通、受け入れ態勢(特に現地側に独立型PVの設計者や電子回路技術者が必要)
●バッテリ在庫等(中古や自動車用も無いよりはマシ。転倒した自動車からも採れる)
これらの情報を下さい。
関東以西からお金とモノを集めることが出来るはずです。
何が必要なのかが分かれば、人を出すことも可能なはずです。

同業者の方へ
状況を総合し、何をどうすれば良いのかご一緒に相談しましょう。
(どうせ今月は開店休業でしょう。また被災地へのモノ不足を防止するためにも開店休業すべきと思います)

こちらでは今、エルガの桜井さんと情報交換&作戦を考えていますが、現地情報が不足しており動くことが出来ません。(下手に動くと現地に迷惑をかけてしまう)交通途絶の問題もありますから、より現実的な方法を探らないとなりません。
また、有効なやり方が必要です。最初は灯だけで良いかもしれません。しかし次には病院へはインバータや2V単電池や12V電池からなる蓄電池バンクが必要と思われます。一方無線機や携帯へは直流給電で十分。バンク容量は限られているのでAC-DC改造を。半田鏝とハンダ、電線と電子部品そして何よりも「分かる現地の技術者の存在」が欠かせません。これらの組み合わせまで考えませんか。

行政の方、被災地の電子技術者、独立PV技術者、そして、同業者からの連絡をお待ちします。

090-4161-7171 吉富

※メーカーの方へ
取りまとめを行う予定があれば、ご連絡下さい。資材提供、資金提供可能です。同業者への連絡も取ります。

※わからないこと。
被災地に数日以上も灯が無いことが起こってしまうのは人手が無いからなのか。それとも食料と暖だけで手一杯だからか。太陽電池やバッテリは全国に不良在庫がある(はず)。独立型の設計は若干難しいから、組み上げる人がそもそも足りないのだろうか。どういうことだろう?事情をご存じの方は教えていただけば幸甚です。今回は間に合わなかったにせよ、今後の反省と対策は必要。なお私個人としては、設計や組み上げ方が分かる人が少ないからじゃないかと想像している。(僅かな電子部品とひっくり返った車に搭載している蓄電池や半壊太陽電池などごみ山からでも色々できるのだが)もちろん腹が減って動けないとか意気消沈しているとか寒くてそれどころじゃないのもあると思うけど、どんな時でも防災無線電源や便所の灯くらいは早期に確保したい。

3/18追記 桜井さんのグループが準備を進めています。また、大手ではシャープが動いてくれるようです。

3/19追記 同じような事態に予め備えることが大事。工場経営する友人から頂戴した意見と今までのことを軽く再構築し、メモ。
・被災地での材料収集が難しいのは何故か。採取はそもそも可能なのか。
太陽電池をドナー登録するという方法があるね。とのご意見。
たとえ荒れ果てた被災地であっても、人様の家からモノを持ち出すのは泥棒にもなるので、太陽電池をドナー登録するという方法もある。ともかくネットワークが必要。まずはユーザーのネットワークが必要。
・実践することが出来る技術者が足りないのをどうするか。
分かる人(技能者じゃなくて技術者)のネットワークが要る。以前から悩んできたことだけれど、どうも身辺には居ない。少なくとも太陽光発電を売り歩いている業者ではまず手に負えないだろう。じゃ、技術要件から人をスクリーニング(この手法が最適か否かとか道徳的な正否はさておき)するならば、自動車電装や船舶電装の技能者、組み込み屋のうちアナログ屋ということになろうか、と感想的に思った。
・誰が実践者となるか。
今回のような交通途絶の際には、現地の力だけが頼み。技術者の輪が要るのは間違いない。一方、後からのことは少なくとも方法論的には制限がない。これはこれで別途考え、取り組んでゆく必要があるのだけれど。

3/19もうひとつ追記
このページに書いてきたようなことは、軽率の嫌いがあるし、中途半端が見えているので本当は書きたくなかった。しかし、思い立ったときに問題提起しておかないと、将来にわたって自分自身の中でも整理がつかないだろうと思った。どういうことかというと、このような大事においては、人の力が重要な役割を果たすと私は考えていて、人の力を活かすにはどうすれば良いのか、と改めて考えさせられたからだ。めいめいバラバラの価値観と行動学に基づいて場当たり的な対処をしていたらおそらくその結果は、非効率はおろか迷惑なものにすらなりかねない。これを対策しより良い効用をもたらすには、予めどうあるべきかの論議を尽くし、唯一の指導原理を見つけておく必要がある。

表題を”をしよう”でもなく”のあり方”でもなく、”したい”としたのも理由がある。客観的である前に、これ以上根拠をさかのぼりようもないところまで主観的でなければ書いてはならない気がした。今回の被災状況を知りもしないくせにこのような態度を取ることはいささか不謹慎かもしれない。しかし今もこれからも起こりうることについて、そしてそれらへの対処の共通原理を見つけなければならないと思うのだ。審判員である前に参加者でありたいという私の気持ちの現れでもある。要するに自分の責任において発話すべきだと思ったのだ。

3/21さらに追記
この一週間、色々な人と情報交換、議論させてもらった。現前のことについての支援はこれからだろうな、と言うのが結論。まずは状況把握、次に方法や内容、リーダーを決めないとどうにもならないのでガサガサ動く風ではないだろうということ。とりあえず今は寄付くらいしかやれない感じなので、自分はそうした。しかしこのことは、将来の防災を模索することを妨げるものではない。

3/24さらにさらに追記
連休中の3/20に某メーカーから電話をいただきました。これから相当な規模で動いてくれるそうです。
また、エルガの桜井さんが3/22に状況をアップしています。
http://erga.jugem.cc/?eid=202

3月 16, 2011 | | コメント (8) | トラックバック (0)

2011.03.13

被災地 太陽光発電 自立運転

被災地でもなお建物が健全な太陽光オーナーは、自立運転を活用ください。
よく晴れてさえいれば、1~1.5kWを使うことが出来ます。

使い方のコツ。
1.最初にコードを用意。
2.コードに破損が無いことを確認(漏電注意)
3.負荷を接続

<曇りの場合>
●無線、携帯電話等、優先的な機器に活用する。

<晴れている場合>
●突入電流の大きなものを先に投入。
●最後に軽微な負荷を投入。

詳細は、以下ご参考下さい。
http://www.env.go.jp/earth/info/pv_pamph/full.pdf
環境省とPVNetが配布。
(2006年秋、関東の会員と私がドラフティングしたものです。改善点等お知らせ頂ければ幸甚です)

※マスコミの方へ
被災地や停電地域に広く知らせてあげてください。

※太陽光発電オーナーの方々へ
優先順位を考えながら身の回りの方々を補助してあげてください。
携帯電話程度の軽い負荷ならば、多数充電できます。

※業者の方へ
使い方を知らないユーザーが多いのです。啓蒙におつとめください。
以下のURLからPDFドラフトをDL可能。
著作権は私にありますが、主旨を悪変しない限り改良は自由です。
ワード版はこちら。
プレゼン用PDFはこちら。


※どうしても分からない場合
PVNetに”自立運転の件”としてお問い合わせ下さい。
NPO法人 太陽光発電所ネットワーク(PV-Net)
 E-mail:info@greenenergy.jp(事務局)
 URL:http://www.greenenergy.jp/

緊急時の場合、私の携帯電話でもご相談に応じます。
090-4161-7171 吉富

※地絡について(余裕があればエンジニアによる指導を受けて!)
部分更新します。(14日16時)
自立運転には、アレイ地絡時の問題があります。太陽電池に故障があると感電・火災の問題になることがあります。自立運転利用時は、コードや機器に問題が無いかどうかだけきちんと確認してください。特に注意しなければならないのは非二重絶縁機器を屋外で用いる場合です。ポンプ、電動チェンソー、丸のこなどを使う場合はエンジニアの監督をうけるとよいでしょう。

※各メーカー毎の操作方法(16日追記)
各メーカーもこの数日でWEBによる使用方法説明をはじめた様子です。
三菱
http://www.mitsubishielectric.co.jp/service/taiyo/jutaku/jiritsu/index.html
京セラ
http://www.kyocera.co.jp/solar/news/jiritu.html
シャープ
http://www.sharp.co.jp/sunvista/jiritsu/

この他の機種のこと。
三菱や三洋の大抵の機種は適当にやっても切り替わります。しかし普段練習をしていないと悩むことが出てきます。取説はきちんと観ておいてください。そして日頃から練習をしておいてください。古い機種についても言及します。東芝のPVM系や三社の4201などは配線をして置かなければ利用できません。GSのLBSC4.5-S3Cは、自動で切り替わります。(ただしコンセントを付けていなければ利用できません。)オムロンのKP40系、55系(京セラの一部機種、昭和シェル結晶系、NTTファシリ、重工、カネカ等に多い)は操作に難しい点があります。取説を引っ張り出してください。
いずれにせよ相当数の機種とそれぞれ異なる操作方法があります。取説を紛失してしまった場合など他人に尋ねる場合は、機種名を明らかにしておいてください。

※さらに追記(昔を思い出してのこと)
自立コンセントで遊びすぎてコンセントを焼損させる例が昔ありました。利用の際は突入電流を良くお考えください。パワコン本体にコンセントが付属してある場合は、延長コードをしっかりと差しておくことが大事です。昨今の量産品はこの問題は軽減されているとは思いますが、近くに電気のことが分かる人があれば指導をうけると良いでしょう。PVNetでも勉強会、情報交換をやっています。

3月 13, 2011 | | コメント (1) | トラックバック (0)

常時給電UPSや独立型太陽光発電技術と在宅医療、人工呼吸器

輪番停電(計画停電)と人工呼吸器のことが問題になっています。
常時商用給電方式UPSや独立型太陽光発電の計算が出来る人は、これらの方々への間欠停電対策のお手伝いをお願いします。(機器メーカーと連絡を取り合ってね!!)

※太陽光の業者さんへ。
お願いだから勉強して!!販売と工事だけではこういう時に、何の役にも立たないんですよ。ほんと、お願いだから勉強して。この問題、90年代から分かっていたんですよ。簡単に考えてはならないのですよ。

3月 13, 2011 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2011.03.02

住宅用太陽光発電システムの性能向上を考える

システム性能の底上げをするにはどうすれば良いのか。発電性能単体を向上させるほうは、正直なところ飽きてしまった。もちろん僕は仕事人だから個々の物件については頑張るのだけれど、世の中の太陽光発電システム全体が底上げされなければ、結局何の意味もないと思ってしまう。自分一人あるいは有志とちょこちょこと頑張った結果、全体の中の幾らかの物件が良くなっても、いまひとつ冴えない。やっぱり世の中の太陽光発電システム全体を良くしたい。

で、そんなお祈りめいた思いだけでは何一つ前に進まないから、この5年間、あちこちの開発・設計・施工現場をめぐって改善点をピックアップしてきた。頭の中だけで考えると、世の中のシステム全体を改善するキーポイントは、まずシステムを継続稼働させることだと思われる。だから、故障を減らさなければならない。ところがフィールドを見ていると、継続どころか安全性能すら不十分だという現実が分かってしまった。それで近頃は安全のことばかり考え、思案をめぐらし手を動かしている。

太陽光発電システムの安全を考えるためには、そりゃ、システムなのだからやらなければならないことはたくさんあって、例えば、強度のことや逆潮流と系統保護、直流保護、工事の結果に伴う諸々のトラブルなんかがある。こういうことは90年代からあまり進歩がない。時間と手間がかかるってこと。だからじっくりやるしかない。

ところが上とは別に、近頃は、セルブレークダウンが増えている。あまりにも多い。これも安全の問題として取り扱われなければならない。4インチ時代には今ほどたくさん見ることは無かったから、結晶サイズの大型化に伴うものだろう。要は電子回路として失敗しているってこと。改善のキモはセルネットワークの理論を固めることじゃないかと考えている。しかしこの際の、各個体のBVパラメタが厄介。バラツキが大きすぎて、実用的な解析手法がビシッとは固まってこない。

そうなるともう、トンデモナイ飛躍になってしまうんだが、問題の根っこを対策するには、物性物理を勉強してデバイスから改善せよ、ということなのかと思ったりする。しかし自分が製造したいわけじゃないから半導体工場を作るわけにはいかないし、そんな実験室など構えようもないし、そもそも自分にそのような研究能力があるわけでもないから、無力感にうちのめされてしまう。そんなことをぼんやりと思っていたところ、昨日、科学技術交流財団で西野洋一先生のご講演を聞かせていただく機会を得た。熱電とか擬ギャップって面白い!!きちんとお話される方のお話ってとても面白い。

しかし、自分がやるべきことが物性物理とはやっぱり思えない。何しろ、デバイスからシステムまでが遠すぎる。
じゃ、システムって、結局のところ店頭のお惣菜を買ってきて並べた夕食みたいなものなのだろうか。そういえば、私の師匠は、機能を持った基板を組み合わせることを「買い物」と言い、技術者がそのような行為のみに頼ることを卑下していた。あの気持、よく分かる。

書きながら思ったのだが、システムを調理に例えてみるともう少し頭がすっきりするのかもしれない。システム屋が作るものをレストランの料理だとすると、プラモデル化された住宅用太陽光発電システムはさながら宅配食材の料理か。これらの調理ってのはあまり失敗することがない。だから食材屋は一式供給を可能としているのだろうけど。

そういえば、プラモデル型の住宅太陽光発電システムは工事がとても簡単だ。建設業出身の方々は口々に言う。私も経験上そう思う。あれもまた、お料理の不得手な主婦までもが宅配食材を活かしておいしい夕食をこしらえたりしているのに似ている。

一方、最近の宅配型太陽光発電食材はひどく破綻していて、白いご飯に砂糖をふりかけるような、味噌汁にラー油を垂らすような、気味の悪いものばかりになってしまっている。最近のは下剤まで入っているようで料理以前から話にならないものが多い。角は立つが、正直、京セラと三菱の宅配食材以外は話にもならない。

市場にある太陽光発電は、レストラン料理よりも宅配食材料理が圧倒的に多い。ならば、宅配食材市場を改善するのが世の中全体の底上げにつながるか。自分があちこちの太陽光発電システムメーカーを訪ね文句ばかり言ってきているのも、そう考えれば合点がゆく。

料理(結果)じゃなくて、調理(過程)の話はまた今度。

3月 2, 2011 住宅太陽光発電システム | | コメント (0) | トラックバック (0)