2011.03.21

原子力アレルギーを思う

原子力アレルギーとは何だろうかと考えることがある。これを原爆の文脈でのみ捉えるのは性急に過ぎる。

<原子力太陽光発電>
原発は核分裂エネルギーで動く。一方、太陽光発電は核融合エネルギーで動く。太陽電池は、時空間的な距離と大気のフィルタを通じて有害物が弱められた状態で地上にやってくる太陽の核融合エネルギーを利用している。だから太陽光発電はそもそも、巨大フィルタを通じただけの巨大な核システム(原子力発電など比べものにならないくらい大きな核システム)なのだと言うことができる。

<フィルタがもたらす鈍感の奇怪>
つまり、原子力発電も太陽光発電もどっちも原子力で動く。
しかしどういうわけか原子力アレルギーの人は太陽光発電を持ち上げることが多い。
この奇妙さは、我々の社会の様相から理解出来る気がする。
我々の日常感覚が太陽電池に核を感じないのは何故か。それはこれらのフィルタのせいだろう。他物が原子力の有害な面を抑えてくれているから気にならないだけなのだ。人間は、直接的でないものに対して鈍感なのだ。

<立場を変える人々>
この鈍感さは、ビジネスの中にしばしば見受けられる。
どうせこのブログでは太陽光の話ばかりしているのだから太陽光ビジネスを例に挙げてみよう。太陽電池の商取引では製造者から商社、商社から工事屋、工事屋から消費者などとバトン数が多い。何か問題が起こったときにこの多段構造が問題となって浮き彫りになる。商社連中を観ていて興味深いのは、当事者性の無さという言葉に代表できると思う。販売時にはメーカーの立場に立ってセールスを進め、トラブル時には消費者側に立ってメーカーを責める。普段はのれんの陰で商売をする特権を使い、いざ特権がおかしいとなったら人権側。彼らは一体どっちの立場なのかと思う。この誰でもないところに身を置くことが、知らず、彼らの商売リスクを低減している。この様相は工事屋についても同様で、自社直売直営だったらやらないだろうことを、下請け業務の中ではおかしな資材を使った組み立て工事を何の迷いものなく引き受けてしまう。消費者としてはどっちを向いて文句を言えば良いやら分かりやしない。ビジネスの論理というのは人間理性においてかくも破綻している。
どうやら多段な流通構造は人間に普通に備わっている責任感覚を逸らし、鈍感さを倍加させる効果があるらしい。

<東電もまた同じ>
そういえば、福島第一原発事故の初動に際して東電の「(現場から)・・・と聞いています」といった煮え切らない態度も太陽光発電業者のそれと良く似ている。彼らは現場を代表する立場としてモノを尋ねられているのだから、伝聞系で答えるのは筋違い。様々な介在物があると人はこうも自分の生身の感覚に素直になってしまう。※ニーチェの遠近法とはこういうものかもしれない。

<原発反対論者はどこに位置するのか>
私たちがやっている太陽光発電というものは昔から原発との関わりが深い。少なくとも90年代の私の経験では山小屋や官公庁・地方自治体といった特殊な立場にある人々を除くと原発反対派が主な太陽光のお客さんだった。そういう人の家には学問的なものから広瀬隆やら恐怖商法みたいな本までごちゃまぜに積み上がっていたから、彼らの心情をどこまで真面目に受け止めれば良いのか、自分はどう考えれば良いのか悩みつつも、やっと平地にPVがやってきたとばかり仕事を楽しませてもらったものだ。思えば我乍ら勝手な話である。
一方、当時の私が彼らについて怪しんだのは、原発の恩恵を受けていることを彼ら自身があまり意識していないことであった。私は電力需要の増大が原発を必要とさせるのだと思ってきたから、エアコンの効いた部屋で原発反対の議論をする人々を異様と感じた。電気に色がついていないからだろうか。つまり対象からあまりにも遠いと誰もがこうなってしまうらしい。

<構造的に捉えると>
これらの構図を単なるアナロジーと見てはならない。
原子力の安全を考える上では責任のありかをはっきりさせないとならない。しかし太陽光発電についても同じことが問われているのである。社会が複雑化するにつれてバトン数は増えてゆく。最初にバトンを繰り出した者も中間者達もアンカー者も今では一気通貫な現場を持たない。現代社会はもはや、誰も誰かに対して責任を負うことはない。科学技術への漠たる不安の根源は実はこんなところにあるのではないかと思ったりする。

3月 21, 2011 環境・エネルギー | | コメント (5) | トラックバック (0)

2008.04.08

冷蔵庫の話(続き5)

これが最終レポートです。
2007年の8月に結果が出ていたのですが、書かずに放置していました。

この冷蔵庫のスペックは
・235リットル
・23kWh/月(旧JIS公称)
使用状況は、
・年間を通じ、全容積の2~5割詰め込むくらいでしょうか。
我が家には買い溜めという文化が無く、買った日に食う主義なので、ちょうどいい使い勝手です。冬場は、野菜を杉の木箱(自作)に放り込んでいます。気が向けば新聞紙に包みます。そうすれば凍りませんし長持ちします。
2nengo
さて検定WHMは、2年間の計測で、755kWhを示していました。
ここからカラ回しの分を引き、計測期間の2年で割ると372kWh/年となります。なんと、最初の予測の6割の消費電力量でした。
※なお、スペックよりも多くの電力を消費しているのは、パッキンがちょっと悪いのと、真夏に氷を作りまくるせいだと勝手に想像しています。この点はちゃんと観察しないのであくまで想像です。

さて新品と比べないとなりません。
ところが新品についての実測データは見つかりません。
試し買いしたくなるのですが、不要なものを買うと後々が困ります。

とりあえず同様の容量の冷蔵庫の新JISカタログスペックを見ると、あれれ、省エネと言われる新型冷蔵庫の方が、ウチの20年モノよりも消費電力が多い。なんと、450~650kWh/年もある。(規格が変わったので単純比較してはいけないのだが、これが本当ならば)買い換えると1.5~2倍も消費電力が増えるじゃないか。

「買い換えると省エネ!」みたいなのは、酷い啓蒙だなぁ。。。
結果からすると、そのように言うNPOの人たちも実測せずに言っていたんじゃないかと思う。国は環境と経済の両立を求めるから、メーカーもそのように振舞ってしまうのか。

この実測と考察から言えるのは、イメージとか宣伝とかで環境を語ったらいけないってことです。それをやる主語が大手メーカーだったり国だったり、有名な業者だったりするとついつい信じてしまいますが、自分で見て考えないと大間違いをやらかします。

慌てて買い換えたりしなくて良かったと思います。
1986年製。もう少し使います。

安全の面はオウンリスクです。
モノは必ず悪くなってゆきます。
経年劣化を原因として事故になったとき、何でもかんでもメーカーを責めたらイカンと思います。使う方にも責任の一端があります。

ただし、イマドキの工業製品は寿命も、故障箇所はおろか修理の仕方も良くわかりません。ブラックボックスが多すぎるのです。修理するにしても筐体やパーツが小さすぎるのです。

かといって国主導で消費者を無知なものとし、いい子いい子して、禁治産者扱いする最近の風潮には全く賛同できません。むしろ、それぞれの製品について、将来どこがどのように壊れるのか、壊れると何が起こるのか、どのような理由でそうなるのか、を啓蒙するほうが有意義では無いでしょうか。
そうすれば我々消費者はどのように(他者が作った)工業製品に向き合えば良いのか、わかるようになります。わざわざ思考停止させることはありません。
現代人は、望むと望まざるとに関わらず人工物と付き合って居ます。
なーんにも考えずに科学技術の恩恵を受けられるようにするパターナリズムも、そりゃ相手によっては結構ですが、度が過ぎると日本一億人が無能になります。

4月 8, 2008 環境・エネルギー | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.03

冷蔵庫の話(続き4)

遅ればせながら、最新の冷蔵庫評価動向?へのリンクを張ります。
経済産業省が見直しを発表しています。

http://www.meti.go.jp/press/20060425001/hyoujichi,henkou-set.pdf

JISも変わりますね。ここにその内容も掲載されています。
http://www.jisc.go.jp/newstopics/2006/C9801hyouji2.html


同時に、シツコク私の冷蔵庫ネタにもリンクします(笑)
http://pv.way-nifty.com/pv/2006/02/203_8e64.html

5月 3, 2006 環境・エネルギー | | コメント (4) | トラックバック (0)

2006.01.21

マスコミはリサイクルとリユースを区別しない?

テレビを見ていてふと思った。

牛乳パックやペットボトルで作るオモチャ。
これら市民のアイディアがリサイクルとして紹介されるとき、いつも思う。
この段階はどちらかといえばリユースと言うべきだろう。
あるいは、短命なカスケードリサイクル??
なのに、それらがすべからく”リサイクル”として紹介されるのだ。

なぜマスコミはリサイクルとリユースを区別しないのだろう。
世にリサイクルショップなんていうリユースショップがあるから、リサイクルという言葉の方がすっとなじみやすい表現であるのは、わかる。
でも、リユースとリサイクルと一緒くたにしていたらいつまでたってもゴミ問題や資源やエネルギー問題の背景に思いが及ばない。

やっぱりリサイクルショップはリユースショップだし、廃棄物を使ったオモチャも一種のリユースでしょう。リサイクルなんていうのは、仕方なく取り組む、最後の手段では???

そうそう。太陽電池のリサイクルセンターなんていうのをWEBで見たけど、これってリユースセンターの間違いでしょ。
太陽電池のフレームをはずしてセルを取り出し再び太陽電池にしようというのは、ヨーロッパには既にある(プロが撮影した写真があったが値段が高かったので買えなかった)
これは水平リサイクルとでもいうのか、リサイクルには違い無い。日本では産廃に行ってしまうような、ガラスが割れたりバックシートが脱落したクズ太陽電池パネルも役に立つわけだ。

中古の太陽電池をもう一回システムに組むというのはあくまでリユース。
リサイクルという言葉には、何やら良いことのようなエライことのようなイメージがあるので、この用語にこだわる人々が少なくないのは容易に想像が付く。
でも、僕ら大人たちが本気で循環型社会を形成しようと思ったら、リサイクルよりちょっとエライ”リユース”にもっと良い席を与えてあげたい。

そうそう。このリサイクルセンターというのを運営する会社のWEBページを見たら、あまりにも値付が高くてびっくりした。普通の新品の方が安いじゃん。。。(汗)
材料費全体や工事費、つまり稼動する筈のシステム費用全体が見えていない一般消費者には安く見える。(KW単価などという用語を知っている消費者ほどひっかかる筈)
うまい商売だなぁ!!

1月 21, 2006 環境・エネルギー | | コメント (3) | トラックバック (0)

2005.12.23

テメー騙したな!と言われないために

●地球資源論と温暖化論から見た電化(オール電化)

大真面目に計算してみると。。。

IHクッキングヒーターは環境にはよろしくないです。
エネルギーを使いすぎます。
これはガスや灯油と比べると、一目瞭然です。
使用時のエネルギーのみならず、機器製造にかかるエネルギーも多いでしょう。

食器洗浄機も家庭用はまず、環境にはよろしくないです。
湯接続の場合に辛うじて「悪くは、ない」程度になるくらいです。
自治体や地域にもよりますが、上水には莫大なエネルギーが投入されます。
すると、節水は環境を考える上で大きなテーマです。
でも、湯接続の場合ですら、製造時・廃棄時の負荷を考慮すると、微妙なところで「買わないほうが環境に良い」と私は考えています。
水接続の場合にも環境に良い、節約であるというのは、完全な広告の読み間違い。
実際は手間が節約になるというのが真実でしょう。
水で漬け置き洗いするか、新聞紙で皿を拭いてオシマイ、が一番です。
今の時期はストーブにのせたヤカンの熱湯で漬け置きするのが良さそうです。
夏は、水でも十分きれいになります。汚れに対してどのくらい神経質になるかというのもありますが。

ということでIHや食器洗浄機は、環境は環境でも、「キッチン環境に良い」というのが本当の売り文句です。
地球環境面では大いに?????です。疑問符を100個贈ります。

●地球資源論から見たエコキュート

エコキュートはGOODです。
COPが3もあるのはいい。
しかし、長持ちさせることが大事。
ガスや灯油機器と同程度しか持たない場合、本体と工事とに要する資材量・エネルギー量が大きすぎる気がします。ガスや灯油機器の倍以上は施工の際にCO2を排出します。
ロジスティックス然り、工事車両の往還然り。せめて貯湯槽だけでも15年は持たせたいものです。そうしないと従来熱源機器を大切に使っていたほうが環境に良いという転倒現象が予測されます。
長持ちさせるためには、きちんとした水道工事が必要です。
今時期かなり管凍結のクレームが多いようですが、安く買おうとすればこれは仕方ないのでしょう。寒冷地を除き、多くの場合、ヒーター工事は省略の対象です。
本州太平洋の人も銅管工事にして電気溶氷機のお世話になりますか。
でも東京や名古屋辺りでは売ってないですね。

●原発と地球温暖化防止の矛盾

原発との関係を見ますと、IHもエコキュートもダメでしょう。
オール電化なんていうのは、夜間電力の利用を推進するわけですから、原発推進行為です。中部電力などはまだLNGの率が高いですけど、世界最大原発(柏崎刈羽)の東京電力や関西電力の夜間電力は放射能だらけです。
それをわかっていないと、原発反対の人にも売ってしまう過ちを犯してしまいます。

私は原発の是非をしっかり言えないので、弊社はチームマイナス6%に入っていません。
CO2は減らすべきかもしれませんが、この政府広報は原発推進の道具とも見なせます。
あちらを立てればこちらが立たず、の典型例だと思います。

あまり濃い話しをすると全てのお客さんが逃げてゆくのでこのくらいにします(笑)
オール電化は経済的ですし、快適です。
しかし、その社会性については??
私はよくわからんなりにやっています。

12月 23, 2005 環境・エネルギー | | コメント (4) | トラックバック (0)

2005.10.02

20年前の冷蔵庫の消費電力(続き2)

冷蔵庫の続き。環境市民なるNPOが次の内容で調査、公開、意見していました。
危うく今時の冷蔵庫こそ省エネ・エコの旗手と思い込むところでした。

自ら考え、調べる大切さを身にしみて感じるばかり。
思い違いや新しい情報があれば、また書きます。

http://www.kankyoshimin.org/jp/hotnews/ecolabel.html

ecolabel

10月 2, 2005 環境・エネルギー | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.10.01

20年前の冷蔵庫の消費電力(続き)

以前紹介した20年前の我が家の冷蔵庫、続き。

http://pv.way-nifty.com/pv/2005/09/20_e382.html

調べ始めて30.5日を量ったので、これでヨシ、とばかり電力量計を見ると、50KWh/月となった。季節による外気温差があるだろうけど、とりあえず12ヶ月分の12倍で一年の見当をつける。すると年間約600KWhなので年間消費電力150KWhという最新型冷蔵庫4台分の消費電力を食っているということになる。一ヶ月連続できちんと積算したら前回予想時(5台分)よりも少ないことがわかった。

また、aosam氏のご指摘どおり、JIS表記にはデフロスターの電力が加算されていないので、改めて手元機種のJIS表記を調べると25KWh。実測値は50KWh/月だから倍だった。(冷媒も少々抜けているのであろう)
でもコイツもJIS表記で比べて行くと、300KWh/年だからいまどきのJIS表記トップランナー150KWh/年と比べても2倍、あるいは2倍とちょっとの消費電力しか食っていないことになる。

ここで再びシナリオを精細化し、次のように決め付ける(笑)
●いまどきの家電は10年も耐久しないが、戦車級に頑健な手持ち機種は既に20年稼動。
●大目に見て新規購入の冷蔵庫は12.5年耐久として、2018年に壊れる。(あやや。。。買おうと思った機種を調べてたらこれは隠れリコールだらけだった。素人の寿命予測も悪くないでしょ?)
●古いほうはあと5年のイノチと決め付ける。つまり、2010年に壊れる。
●面倒なので、電気代も冷蔵庫代もいずれの物価上昇率も考慮しない。
●とりあえず、公倍数の都合から2030年時点を予測する。
●ノンフロンの爆発リスクをマイナス5万円/台とする(不安全は主観で価値決め!)
●新冷蔵庫の購入代金を10万円とし、上のリスクを含めて15万円/台とみなす。今後の25年間は、合計10万円分ドキドキしよう。年4000円のドキドキなら妥当でしょ。
●新冷蔵庫の2回目の消費電力はいまどきの最新型と変わらないとする。何故なら、断熱などの基礎的技術の進歩はそんなに早くないから、大抵の家電商品の省エネ度はまもなくほぼ平坦になるはず。また、今現在少ないものがより少なくなるのは、大きなものが減るのと比べて相対的影響度が低いから。

ということで次の2つを比べることにする。
★古いのをあと5年使ってから、新しいのを1.5回買い替え(シナリオ1)
★新しいのを買って12.5年でもう1回買い替え。都合2回の買い替え(シナリオ2)

2030年まであと25年。するとこのシナリオ1なら5年*300と150*20の和=4500が電気使用量の係数と見なせる。あえて係数と見なすのはJIS表記が怪しいから。
シナリオ2は、150*25=3750。
二つのシナリオの差は、新規購入冷蔵庫0.5台分の差と係数差750であることの二つ。

さて、イニシャル+ランニングコストを比べて見よう。
本体費用のことを考えると、シナリオ1は0.5台分、つまり15万*0.5で75000円ぶんイニシャルコストが少ない。
電気代の方は、係数差750に掛けるのを22円~デフロスター分合わせて44円としようか。まぁ画期的な断熱が施されているイマドキの冷蔵庫は倍も食うはずが無いけど彼らの立場を見て上げて彼らに有利な倍とする。
するとシナリオ2の消費電力は16500~最大でも33000円ランニングコストが少ない。
どうやらお金のことだけ考えると、シナリオ1によって、古いのをもう数年は使ったほうが良さそうだ。せいぜい、トントンかな。意外な結論でしたね。

本当は環境のことを計算したいのだけれど、またまた難しい。冷蔵庫のLCAがどうしてもわからない。でも、メーカーが言う「省エネ型に買い換えるのがお得」というのは時と場合によって、「どうやらそうでもない」ように思った。おトクそうに見せて消費を確保し経済が落ち込まないようにしながら、エコを薦めることの難しさはこうしたところにも現れている。やっぱり「持続的発展」なる環境キーワードの自己矛盾を感じてしまうばかり。

続けて、ECCJ(省エネルギーセンター)のサイトを見ながら次はカタログなんぞを見て居るとなんと次のようなニュースを発見。。。意地でも今の冷蔵庫を生き延びさせてやる(笑)

リンク: >冷蔵庫の消費電力、最大でカタログの4倍 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞).

冷蔵庫の年間消費電力量がカタログ記載の電力量に比べ最大で4倍になるケースがあるとして、経済産業省資源エネルギー庁は今月末から、電力量の測定方法の見直しを始める。 家庭での使用実態に合わない測定方法が原因と見られる。 同庁は「消費者に誤解を与える表示を今年度中の早い時期に改めたい」としている。 家電メーカーなどで組織する日本電機工業会(東京)によると、「カタログ表示より電気代が高い」など、冷蔵庫の電気代に関する消費者からの苦情が昨年から寄せられるようになった。各メーカーが調べたところ、多機能型冷蔵庫を中心に、カタログ表示と実際の消費電力量に差のあることのあることが分かった。

 日本消費者協会(東京)が行った商品テストでも、検査した400リットルクラスの冷蔵庫6台すべての消費電力量がカタログ表示の約2~4倍になった。

 カタログ表示と実際の消費電力量がかけ離れている要因として、日本工業規格(JIS)に基づく測定方法が指摘されている。JISでは冷蔵庫の消費電力量を、〈1〉壁から30センチ離して置く〈2〉温度調節を消費電力が最も小さくなるように設定する――などの条件で算出。日本消費者協会で商品テストを担当している伊藤文一さんは「家庭での使用状況や設置条件を踏まえておらず、実態を反映した数値は出にくい」と指摘する。また、冷蔵庫が多機能化し、測定で考慮されない機器を増設した製品も登場。資源エネルギー庁は「測定方法を定めた際に想定しなかった機能が加わり、表示と実態に差が出た」と釈明している。

 28日から始まる経済産業相の諮問機関・総合資源エネルギー調査会の電気冷蔵庫等判断基準小委員会では、庫内に食品を入れたり、これまで対象外だった機器を考慮したり、実態に即した方法に改める。

(2005年9月24日16時9分  読売新聞)

10月 1, 2005 環境・エネルギー | | コメント (4) | トラックバック (0)

2005.09.24

ピークオイルへのアプローチ

石油は枯渇性資源だから、いずれ掘りつくせば無くなってしまう。
いつ掘りつくしてしまうかは地質学者らによってかねてから論議されてきた。
確認埋蔵量から毎年の需要量を引き算すれば、あと、何年なんていう感じで。
これは、BP統計から考えるのが普通かな。今から起算してあと40年くらいか。
もうひとつ重要な観点が、石油の生産量は西暦何年からマイナスに転じるかというものだ。
識者の予測は人によって様々だけれども、これを「オイルピーク」と呼び、2005~2010くらいとする人が多い。ちょうど今は原油高騰を受けて、再びピークオイル説が盛り上がってきたような気がする。エクソンモービルのグラフも今年や来年くらいがオイルピークになっていたように思う。

<例えばこんな楽観>
でも、完全に枯渇するのはそんなにすぐじゃないんじゃ無いだろうか。
顔の見えない子々孫々のことまで心配してもはじまらない。
第一、確認埋蔵量は年々増えているのだ。30年前にも枯渇枯渇って騒いでいて、今も状況は対して変わらない。こうやって騒ぐだけで実際は、200年あるいは300年は大丈夫。1000年だって大丈夫という人もいる。中東の油田が枯れたところで、オイルサンドやオイルシェールなどがある。代替エネルギーだって次々開発されているのだ。化石燃料が排出するCO2だって議定書どおり頑張ったところで事態を数年ぶん先延ばしにするだけなんだから、大らかに行こうよ。第一、エネルギーの利用量やCO2排出量を抑えるってことは生産活動、消費活動の抑制そのものだから日本経済がめちゃめちゃになっちゃうよ。そのために不況が深刻化したら、低コストな化石燃料の使い方にシフトして却ってCO2排出量が増えちゃうんじゃないの?キミ、メシも食わず、ウンコもせずに生きてゆけるかい?

<たとえばこんな悲観>
原油が高騰しているのは、ヘッジファンドによるところも大きいけどピークによるところが大きいんじゃ?幾らエネルギーシフトが進んだっていったって、これまでの安価な石油がなくちゃ、資源の無い日本はどうやって国際競争力を維持するの?確かに、より深いところ、より困難な場所から、高コストな仕方で採掘することは可能。これはすなわち、掘る側にとって採算さえ見合えば、”石油は新しく沸いてくる”ということを意味する。だから、お値段が高いのをちょいと我慢すればナンボでも得られるだろうという見方、高騰してもそれを買えるだけの経済力があればよいとの考えもある。でも誰がどうやって買うの?エネルギーとしての石油は贅沢物になるんだヨ。2050年にはエネルギーとして経済的に見合う石油が底を尽きて、自動車に乗れないどころか、冬の暖房に使う灯油にも事欠くようになる。あとはどんどん生活のレベルが小さくなるだけ。

私がうにゃうにゃと思うこと。

●ブラジルで海底油田開発が盛んだという。1バレル10~15ドルくらいかかっているそうな。中東で自噴なら1ドル以下か(もう、自噴なんてうんと減ったと思うけど) いずれにせよ、原油高騰を受けて、より困難な場所を探索・開発するビジネス的な価値が出てきたってこと。欧州の北海油田が始ったのと似てる気がする。
●石油は枯渇するのか?すぐには枯渇しないでしょう。採掘が経済的に見合う場所が減ってゆくだけ。でも、この事態はすなわち庶民にとっては近々枯渇する(コストが高くて気軽には使えなくなる)ことを意味する!近々っていつ?さぁ、40~50年以内では?
●石油がそのエネルギーの内部コスト(市場経済型コスト)で見合っていても、CO2やPollution(大気汚染)といった外部コスト(社会コスト)が注視され、内部化(ピグー税・炭素税)される流れからすると、石油はもう一段のコスト上昇要因を内包している。
●より深いところ、より困難なところから得るとしても技術開発によるコスト低減は可能だ。しかしEPR(エネルギープロフィットレシオ、エネルギー利益率)が1を下回るような開発はありえない。だから、地殻に残存していても取り出す意味の無い石油がある。多くの論者は、この観点を欠いた議論をしている。1リットルの原油エネルギーを使って、0.5リットルの原油を採掘する人は居ない。それは例えば1000円払って500円を得る赤字取引のように馬鹿馬鹿しい。だからEPRが1以下の確認埋蔵量は永久に取り出せない石油としてカウントしなければならない。技術が解決するって?科学技術は万能じゃないんだよ。エネルギーベースで考えると、シーン毎での限度はおのずから見えてくるはず。
●わが国のメタンハイドレート試掘がのろのろしてきたのは、コストペイバックの問題があるに違いない。つまり、これまでは内部経済だけで考えることが出来た。中国の圧力をさておいても、安い石油を輸入するプロフィットよりも、現在技術によってメタンハイドレートを得るプロフィットが小さすぎたのだ。今は、日中関係をさておいても、原油高騰を受けて試掘の意味が深まったに違いない?さて、EPRはどうだ?

<関連キーワード>

究極可採埋蔵量:
 石油やガスなどの資源が地下に存在する量を埋蔵量といいます。実際に油田等の資源を開発した場合、地表に取り出せる量は地下に存在する資源総量の一部にしか過ぎませんが、あえて採取の経済的技術的条件を無視し、物理的に取り出すことが可能な埋蔵量を究極可採埋蔵量と呼んでいます。

確認可採埋蔵量:
 資源の所在が明らかで、現在の技術で採掘でき、その採掘が経済的に見合うという条件を満たす埋蔵量のことです。水、ガスの注入などの2次的手段による回収可能分も含むのが普通です。

可採年数:
 ある年の確認可採埋蔵量(R:reserve)を、その年の生産量(P:production)で割った値のことで、通常R/Pで表されます。現状のままの生産量で、あと何年生産が可能であるかを表します。
 従って、新しく資源のある場所が発見されたり(Rが大きくなる)、生産量が少なくなったりする(Pが小さくなる)とこの値は大きくなります

9月 24, 2005 環境・エネルギー | | コメント (20) | トラックバック (1)

2005.09.20

炭酸飲料で温暖化??

考えて見ればビールも炭酸ジュースも二酸化炭素が入ってる。んで、コイツらの二酸化炭素はどうなのか。二酸化炭素温暖化論の科学上の正当性はよくわからんのでさておき、まぁ国策として「二酸化炭素排出ダメダメ!」というならば、とビールを飲みながら考えて見た。

<ホントかどうかわからんが。。。情報の類>
●一秒間に世界で5万本の炭酸飲料が飲まれているという。
●重量比0.5%が炭酸。


<シナリオと考察>
この量は一体どのくらいか。
一本の平均を300ミリリットル≒300グラム=0.3キログラムとしようか。
50000*0.3*0.005=75キログラムCO2/sec
一時間は3600秒だから、270000キログラムCO2/h
世界では、毎時270トンの二酸化炭素が飲料として飲まれげっぷに化けているわけだ。

<イメージ化>
私は電気屋だから電気で考える。冗談。そうじゃなくてわが国では、発電起源のCO2がバカにならないほど多いから。電気の元となる1次エネルギー基準を化石燃料を炊く石油火力に据えてイメージ化するのが良かろうかと思う。
えーとわが国の火力の排出係数を0.6キログラムCO2/kwhとすると、
270000/0.6=450万kwh

大きいほうで見ると、世界最大と言われる川越火力が480万kw。
すると、世界中の炭酸飲料が年間に排出する二酸化炭素は、これが24時間365日稼動して排出するCO2と同じくらい???
...じゃなくて,480万x24x365≒420億kWh.
さて多いか少ないか。

さらに追い討ちをかけるように炭酸飲料の重量比5%が炭酸という説もある。
なんにせよ、ビール党、コカコーラ大好き党には?な話だ。

計算が間違っていたら教えてください。
(間違ってたので直した)
※川越火力はLNGなのでもう少し排出係数が小さいと思います。
※一次資料を全く探していません。よくある二次以降の資料から考えています。
※上の理由からしても、この計算は論議の土俵としてはやや不正確。
※飲料も食糧の一種と見なせばカーボンニュートラル?ところが、摂取し有効に使える食物カロリーは少なそうですし、実際は電力や上水、容器を使うのでそれは無いでしょう。炭酸飲料とCO2は、思いのほか関係が深そうです。

余談ながら世界最大の原子力発電所は新潟県の柏崎刈羽(東京電力)です。
以前、住宅用太陽光発電を設置する時に立ち寄りましたが、とても美しい立地にありました。この町は、とても海と夕日が美しいところだと、深く印象に残っています。

9月 20, 2005 環境・エネルギー | | コメント (4) | トラックバック (0)

2005.09.19

3R・ゴミゼロの意味するところ

リデュース(Reduce)・リユース(Reuse)・リサイクル(Recycle)の3つを3Rという。
日本でも唱えられるようになったが、3Rって何?って聞かれると「えーと、リサイクルでしょぉ。。。それからぁ」といった調子かもしれない。

●リデュース(減らす)とは、不要なものを不要とすること。使わないものを買わないこと。不要な買い物袋の受け取りを拒否することや、すぐ飽きて使わなくなってしまうものを初めから買わないことが挙げられると思います。
●リユース(再利用)とは、使えるものを繰り返し使うことです。
街にあるあの「リサイクルショップ」とは何なのか?あれは実はリユースショップ。不要になった家電や家具、食器等を別の人がそのまま使うことが挙げられると思います。
●リサイクル(再循環)とは、資源的な再利用。
これは2種類あるでしょう。ひとつが①マテリアルリサイクル。粉砕したPETがフリースになっちゃうのとかですね。もうひとつが②サーマルリサイクル。プラスチック類は石油から出来ていますから熱エネルギーを回収できます。

面白いのはこれらがそのまま優先順位であり、物質の流れになっていることです。
恥ずかしながら1年前くらいまで私はそのことにも気づきませんでした。
ということで勝手に追加のまとめ
リデュース・リユース・リサイクルは物質循環の時間軸そのものだ。
リデュース・リユース・リサイクルは循環型社会にとっての重み付けの順番そのものだ。

シンガポールの子供達は順番どおり大きな声でこの標語を唱えることが出来るんだって。我が家では嫁さんが偉大です。しっかりやってます。

このマンガ、とても感動しました。
http://www.japanfs.org/en/cartoon/09recycling.html
(和訳:元栓を閉めた方が早道じゃないの?)
リデュースの大切さを伝えるには、とても分かりやすいですね。
殆どの業種は、「売らなくちゃはじまらない」からとても声高にはいえない気がしますが。

関連してゴミゼロなんていうのがあります。3Rを徹底してゴミを無くそうという運動です。
モノは次第に疲弊してきますから、最終的には第三段階のリサイクルを繰り返せば、全てが完全に循環するように見えます。ところが、リサイクルに持ち込まれるモノは均質ではありません。汚れがあったり色がばらばらだったり、プラスチックであればその種類が違ったりです。すると段々に材料としての質が落ちてきます。そこで機械や化学の力を借りてさらに丁寧に分別したりケミカルリサイクルすることも考えられますが、ここにはエネルギーの投下を必要とします。
この場合も、果たして3Rの目論見どおり、物質は循環します。ところがエネルギーはその物理的属性から云って、決して循環しません。したがってリサイクル行為には限度があるのです。似たようなところでは、野放図なゼロエミッションもまた、反省されるべきでしょう。

ところでゴミと廃棄物の学的な違いはご存知ですか?
●ゴミとは個人にとって不要なものです。(だから廃棄物も含みます)
●廃棄物とは社会にとって不要なものです。
ゴミはある人にとっては有価物であり、有用物であるのに対し、廃棄物は誰が見ても要らない、煙たがられるシロモノです。
一方で行政側はこんな風です。
http://kankyo.kkc.or.jp/topics/ktopi_0210.html

9月 19, 2005 環境・エネルギー | | コメント (2) | トラックバック (0)

2005.09.16

エコロジカルフットプリント(続き)

先日ご紹介したエコロジカルフットプリントですが、和訳をしている方が居るようでした。これに目を通してからやればわかりやすそうです。

http://www.ochanoma.info/ta_footprint.html

本家英文サイトは下のURL

http://www.earthday.net/footprint/index.asp

9月 16, 2005 環境・エネルギー | | コメント (4) | トラックバック (0)

2005.09.14

エコロジカルフットプリント

ecofoot http://www.earthday.net/footprint/index.asp

これをやりましょう!!

選択肢がしっかりしていて良いと思います。
自動車やジェット機が地球システムに与える負荷が大きいのは当然だとしても、食材や水、住居も算出対象として触れてあることに感心しました。

ちなみに、食糧生産が生態系に与える負荷は穀類に対して牛が8倍、豚が4倍、鳥が2倍。
そりゃーそうですよね。穀類をそのまま食べるのと飼料とするのでは効率が違います。

ちなみに我が家では「ウシハチブタヨントリニ」などと標語化しています。
でも、いきなりベジタリアンになる気もしませんしその必要も感じないので、人と会う時を除いて、肉食をうんと減らすことしました。
これまで続けてきたエアコン不買といい、まぁ自己満足の世界です。
買えないだけという説もありますが、楽しんで実践するのは悪くないだろうと思っています。ついでに白状しますと、私は大酒呑み(環境に良くない)なので、罪滅ぼしという意味もあります。

関連して、嫁さんも私も、「もったいない」という言葉が好きです。ワンガリ・マータイ女史のおかげで倫理に基づく「ケチ」はちゃんと市民権を得るようになりました(笑)

9月 14, 2005 環境・エネルギー | | コメント (7) | トラックバック (0)

2005.09.09

20年前の冷蔵庫の消費電力

reizoko20 我が家にはまもなく製造から20年を迎える冷蔵庫が居る。

元々同僚が使っていた ものを何年か前に貰ってきて我が家に落ち着いた。
彼もまたご近所さんから貰ったもの。
そのご近所さんも、誰かから貰ったもの。
つまり4世帯を受け継いでいる(笑)
きっと工場の出口から数えると、既に1000キロくらいは旅もしている。

だいぶ痛んで居るしそろそろ買い換えようか。。。
でもまだ壊れてはいないし、捨てるのが惜しくて、嫁さんと共に悩みこと、はや3年。(悩みすぎ??)
巷には低消費電力を謳った冷蔵庫が次々とデビューしている。
京都議定書もあるし、省エネにせんといかんなぁ、と今度こそ本気で買い替えを検討しはじめた。

せっかくだから検定電力量計を用意し、消費電力を測ってみることにした。
どうやら、一日2KWhくらいも食う。
すると月間60KWh、年間で720KWh!!こりゃー中々の大食いだ。
今時の最新型が年間150KWhくらいだから、5台分は食っていることになる。

WHM30ref電気代の差をお金で勘定すると。。。22円/KWhとして、12540円の差。
新品の冷蔵庫は大抵10万円前後、フツーは10年くらい使うのかな。
すると10年で12万円も電気代の差が出るから、お金の面では買い替えたほうが良さそうだなーーー。

一方、エネルギーペイバックの面だとどうなんだろう。570KWh*10年。5700KWhの差か。
さすがに、まず間違いなく、環境のためにも買い換えた方が良さそう。
またヒマな時に、環境負荷の差も(想像がつく範囲で)マジメに計算してみることにする。
万が一にも、まだ使ったほうが環境に良いなら修理しながら頑張ってみるか(笑)

このURLも参考になる。
>http://national.jp/cgi-bin/2eco/eco.cgi?st=1

9月 9, 2005 環境・エネルギー | | コメント (9) | トラックバック (0)

2005.09.04

空き缶おじさんとの遭遇

名古屋のまちには「空き缶おじさん」なる人が居る。
地域のゴミ集積所に運ばれた空き缶のうち、彼らはアルミ缶だけを分別し、自転車に積み込んで行く。
この自転車、荷台どころか前面まで満載。
よろよろしながらやって来て、やおら「仕事」を終えると、よろよろしながら去ってゆく。

「あれって、幾らになるんだろうね。」
たまにおじさんと鉢合わせても、さっさと去ってゆくので真相はなかなか分からない。
我が家の身辺での七不思議のひとつだった。

それが今日、とうとうウチの嫁さんがおじさんと会話することに成功。

「聞いたよ!!」
とゴミ集積場から戻った、嫁さんの第一声。

「んで?」
とニヤニヤしながら私。

「キログラム80円だって!自転車に一杯積んで、70キログラムになるんだって」
「深夜と早朝に巡回するんだって。」

ほぉ~、すると一車で5600円か。
半日で1万円は堅いなぁ。。。

そういえば、彼らはダンボールおじさんが化けた様相ではない。
空き缶を扱うと空き缶汁(アキカンジル)でべとべとになるが、ちゃんとビニルで袖を守ってるし、清潔好きと見える。
ひょっとすると月曜日にはネクタイ締めて会社に行っている人かもしれない。

さて、ゴミ収集をし片付ける自治体の立場ではどうか?
アルミ缶によって得られる歳入が減るから、彼らの存在はイカンのかも?

でも、お行儀がいいんですよ。空き缶おじさんは。
彼らにとっては、アルミ以外、例えばスチール缶をお金にしても二束三文。
だから、ゴミ袋からアルミ缶だけを取り出す。
でも、残った空き缶の袋も、その口を丁寧に縛って、地域住民やゴミ収集車には迷惑をかけないことを心得ている。

環境面ではどうか?
まず、アルミは電気の缶詰と言われるほど、その製造時に莫大なエネルギーを必要とする。
これはボーキサイトから得る新インゴットの話。
一方、空き缶からアルミを得る場合、洗浄・溶融と比重差で異物を除くためのエネルギーを要するだけ。
その投入エネルギー比は3%ほどという。
だから、これは健全なリサイクル。

次に回収プロセスは?
自治体は自動車で収集。
おじさんたちは自転車で収集。
走行距離にもよるけど、自転車による回収は、自動車の10~100分の一の投入エネルギーで済む。
なんとなんと、空き缶おじさんは、エコおじさんでもあったのだ!
(自分で勝手に感動!!)

また、曰く
「誰でもやれるよ。」
「軽自動車だともっと稼ぎがいいかな。」
と。
おじさんのコメントには、ライバルを恐れぬ大らかさまで感じられたのであった。

9月 4, 2005 環境・エネルギー | | コメント (2) | トラックバック (0)

2005.08.25

RoHS理解度チェック・環境論の難しさ

rohsgame EUにRoHSという物質規制がある。
この理解度をゲーム方式でチェックするというサイトがあって、なかなか面白かった。
(音が出ます。注意!)
http://www.howmachineswork.com/game/Slimebuster/episode1.asp?ID=10&PID=4

太陽光発電資材も太陽電池をはじめ、少しずつ鉛フリー化が進められてきました。とうとう、パワコンまで含めて三菱電機が成功。きっと各社も追随することでしょう。

でもそもそも、鉛フリーハンダって、溶融温度が高い。
これは基板製造時に投入される熱エネルギー量が大きいことを意味します。
ところで、熱エネルギーを得るには電気あるいは石炭、石油を必要とします。電気も原発なんてものがありますが、あれもまた石油や電気を使って動力を得て、ウランを掘り出しているわけです。人間が手で掘って頭の上に乗せて海を泳いで運んでくるわけではありません。濃縮するのにも、手でより分けているわけではありません。何らかのエネルギーを投入して扱いやすい形にし、運んできているわけです。

守りの視点から見れば
限りあるエネルギー資源の有効利用 VS 有害重金属による汚染防止

リスクの内容から見れば
エネルギー資源枯渇による生活・産業の不便、発展の停滞 VS 重金属による土壌汚染・生態系の破壊

全部言い表していたら目的からずれてしまうので正確さを犠牲にして簡便に書きましたけど、例えばこんな図式が成り立つということです。
あっちを立てればこっちが立たず。
でも、私達はどっちが良いかを選ばなくちゃならない。
いやどっちがマシかということを考えなくちゃならない。
そのためには異質なリスクの量というものを考えなければならない。
でも対等でも無いものをどうやってはかって、比べるの?
これがとても難しいのです。

今までは、お金だけで見ていればわかりやすかった世界が、ここに環境という新しい価値観を持ち込むととてもややこしい。
しかもゆっくり調べたり、選んだりする時間は無く、ボヤボヤしていては間に合わないコトだらけなわけです。

間に合わなかった例としてディーゼル規制があるのでは無いでしょうか。
ここにも同様に困った図式があることに気づかされます。

ガソリンエンジンは二酸化炭素排出量が多い、やや燃費が悪い。
ディーゼルはPMが出る。生活環境、人間環境に良くない。

まぁ、ディーゼル反対派はPMによる健康被害をタテにしてきたわけですが、ガソリンエンジンにはガソリンエンジンの、また別の問題がある。上のほかにもアイドリング時の排ガスには一酸化炭素が多いという。

さて、どっちもうまくない。でもいきなりこの世の中から車を無くせというのは無理です。じゃぁどっちを選ぶか。

ヨーロッパはディーゼルを選びました。
日本はガソリンを選びました。

本当はもっと複雑だと思いますが、無理やり単純化しました。
私個人としては、この規制は、その仕方が早急すぎるため、廃車というゴミの山を増やしてしまうことを残念に思いました。そうでなければ黒煙の県外や海外への輸出という図式が思い浮かぶばかりです。
事実、我が家の自動車はあと10万キロは乗れましたが、廃車の運命となりました。
まぁ13万キロも走っていたので自家用車の所有者から見れば「そりゃーもう寿命でしょ」ですが、シブトイ私は規制が無ければまだ使っていたことでしょう(笑)

社会が複雑化するにつれて、私達を取り巻くモノゴトはどうも単純な損得二元論では割り切れなくなってきましたね。環境という議論はその代表格だと思います。

8月 25, 2005 環境・エネルギー | | コメント (2) | トラックバック (1)

2005.08.14

回らない風力発電

zepyer 富士の山小屋。今年から動くはずの、回らない風力発電機。風力発電はそれ自体悪いものではない。しかしここでは台風の時以外はまるで発電しないのだ。小屋の主は某商社に依頼したが、ここが紹介した人物はちょっとガサツな設計者でちっとも風の動きを見据えぬまま設置してしまった。しかし、そもそも、これ以外の場所だと環境省の許可が下りないという。環境省曰く、小屋の前にすると美観が悪いとのこと。でもロクに稼動しないシステムを設置するくらいならば、より良い条件を求めて環境省の許可が下りるまで粘らなくちゃダメだ。
不稼動システムが増えてゆく背景には商社と設計業者、施工業者と云った中間業者の構造の問題が大きい。商社は売りたいばかりだし、業者もさっさと仕事を納めてしまいたいからだ。設計者は納品前に病死してしまったようで、現地ではずいぶん困っている。しかもさらなる痛手は(悪気は無いと思うが)現地の常連客が太陽電池からの電力を風車のバッテリにつないでしまったようで今度は太陽電池側のバッテリの稼動状況が悪くなってしまった。この風力側サージタンクとしてのバッテリも続けて紹介したい。

8月 14, 2005 環境・エネルギー | | コメント (0) | トラックバック (0)

環境破壊の聖地?

bul 富士山への荷揚げは主としてブルドーザーが使われる。ブルドーザーは登山道とは別にブル道を通る。ターボ付きブルドーザーの場合、最大積載量4トン。片道1時間。燃料消費は軽油50リットルで往復。
我々太陽光の技術者もブルドーザーに載って現場に行く。その仕事の仕方が正しいかどうか、悩みながらの山行だ。なにしろ、歩いてゆこうにも荷物が重すぎて人力ではとても無理。砂塵にむせびながらの寝ながら登山がここに、ある。
山小屋の物輸は北アルプスや南アルプス等の長大な稜線、長大なルートでは主にヘリを使う。正確に計算したことは無いが、燃料消費とCO2発生量は莫大に違いない。
富士のブルは景観を損じるが、おそらくCO2発生量と資源エネルギー投入量は少ないだろう。環境論というのはいつもトレードオフなのだ。

8月 14, 2005 環境・エネルギー | | コメント (0) | トラックバック (0)