2012.08.10

JISC8955の適用限界と誤用

今年もまた台風のシーズンがやってくる.
毎年何枚の太陽電池が脱落・飛散していることだろう.どれも構造無設計あるいは構造設計ミスなのである.太陽電池メーカーは業者の施工不良のせいにするのが大好きだが,こちらで2006年~2007年にかけて,5機種の不審な住宅用架台キットを入手し外力計算の上で断面計算&FEM解析を行ったら殆どがNGまたはグレーであった.(太陽電池メーカーによる「抱き合わせ販売」の影響で1千万かかったよ.おかげで貧乏だ)

もちろん,事故物件の中には施工時にネジを締め忘れていたと疑われる案件もある.しかし第一,ネジ一本の増し締めを忘れたくらいで事故になるような設計はひどくおかしい.なんのロバスト性もないままに設計した架台が事故ったところで施工業者を責めるのは,アトリビューションエラーである.コスト低減と売上増大のためだけに静定梁を用いることもひどくふざけている.こうしたメーカーは部材消失感度をまるで考えていないのだ

計算書の段階からおかしいものも少なからずあった.外力計算の大前提であるモデル選定(外装材と構造骨組)が誤っていて,その結果,想定される風荷重を過小評価しているのである.

特に多いのが電技解釈が参照するJISC8955の誤運用だ.
JISC8955は,局部を避け屋根中央付近に太陽電池をマウントする場合の不静定格子梁型の架台に関する,いわば1454号構造骨組モデルに近い風力係数導出をしている.よって,広々とした屋根の中央にポツンと1~3kWのアレイを据えるような,極めて限定的なシーンでしか適用することが出来ない.それにも関わらず,追加的構造的対策をしないままに1458号のa'領域に食い込む設置範囲を設定する太陽電池メーカー,架台メーカーが少なくない.(さすがに1/2ルールを使っているのは見たことが無いが.)

実際とてもじゃないが,近頃の流行の低コスト型二本梁工法=外装材型は,局部設置には対応できない.まるで国内・諸外国の風工学モデルと合わないのである.(荷重指針やASCE・ASNZS・Eurocode・ISO4354を見よ)

にもかかわらず,業者は構造計算もせずに局部設置をするし,太陽電池メーカーはJISの1mルール(時にはそれ未満の周縁部オフセット)を”保証”している.しかし,保証したところで現実に飛散し人畜に危害を加えたらどうしようもない.保証とはあくまで私益的概念なのであり,利潤の論理に過ぎないのである.飛散した太陽電池の保証をしてもらったところで,その太陽電池のWind Debrisを食らった被害者のことを加害オーナーはどう思うだろうか.

長年太陽電池メーカーと架台メーカーにこの問題を言い続け,さらに5年前から外部講演でも言い続けてきたが,慣性の法則=惰性が働くのか,なかなか変わる様子が無い.こりゃもう,外圧期待か?そろそろ問題に気づく人が出てくるはずだ,と思ったら,建築学会と風工学会が動き出している.

サッシ業界やガラス業界といった外装材・帳壁業界や,瓦業界や金属屋根業界といった屋根業界が自主規制として厳しく1458号運用しているのに,太陽電池業界は甘ったれた緩和要求ばかりで一体どこを向いている?恥さらしである.
太陽電池は屋外にある以上,外部不経済がある.この外部不経済性は,他の建材と全く対等.いくら今をときめく太陽光発電だといっても,調子に乗ってたらだめだ.太陽電池の飛散は,個人の損失ではない.公害なのである.利潤は企業・業者,公害は国民持ちなんてトンでもない.さっさと自主規制行動を起こすべきである.

最後に具体的な提案.
昨今は,超局部,局部,準局部への設置は当たり前.お安くなったので誰もが屋根一杯につけたがる.だから,太陽電池メーカーや架台メーカー自らが業者や買い手に局部設置に対応した構造計算をしてやればいい.そうでなければ計算と設計のやり方を示せばいい.局部設置を禁止する現状のやり方はもっとも愚かしい.第一,禁止したところで業者とユーザーはやりたがる.そもそも禁止というパターナリズム(要するに特権者から弱者への強要)は市場経済インセンティブに対してまるで勝ち目がないのである.

次に具体的な技術方法について述べる.構造計算の際に用いる指針は1458号だろう.しかも,局部については壁面風圧力を加算する庇ルールで解くのである.仕様規定ならばせめて6点止めである.架台は不静定梁,かつ,固有周期を短くする方向で行く.現状,特に陸屋根架台では,風との共振でネジが緩んでいると思われる事故が少なくないからだ.風洞実験結果が今後次々と整理されてくるはずだがそれを待たずに,今売ろうとしているものについては1458号をミニマムとして対策すべきである.ルールが出来上がるのを待っていたらその間にも事故が増えるばかりだからだ.ここまでが従来の構造計算規定の取り扱いである.

そうはいっても,家電量販店をはじめ荒っぽい商売が定常化した住宅PV市場の一体誰が構造計算をやるだろう?ならば「やっていただく」方略を考えないとならない.PVの不幸は電技解釈46条(旧電技解釈50条)が構造計算規定(性能規定)しか規定してなかったことであって,仕様規定が存在しなかったことである.販売屋や工事屋など,どうしても構造計算をしたくない,出来ない人々が圧倒的多数である.これらの人々のために仕様規定を作ろうではないか.しかもこの仕様規定を初期設定とするのである.初期設定であればサボりようがなく,自動的に一定の安全が保たれる.ただし,同様の建売を数十棟と建築する場合などギリギリの安全性能を追求することによってコストダウンしたい輩もあろう.これらの者は従来通り,性能規定ルートとしての構造計算規定を選べばいい.大切なことは選ぶ自由を残すことである.そして選択を恣意にしないように仕様規定を作り,これを初期設定とするナッジを効かせることである.これが,先日論文に書いたことの主意だ.

8月 10, 2012 問題提起 | | コメント (7) | トラックバック (0)

2010.03.27

独立型はなぜ通じない

PVバブルのせいか、独立型の問い合わせが、友人レベルにまで及ぶようになった。
しかし、彼らはなんにも根っこのことをわかっていない。

パワー=kw設備について、エネルギー量=kwhについて。
この違いが分かるまでは、決してシステム内容の打ち合わせに及ばない。
どの程度の負荷を、何時間動かすのか、ラッシュはどれだけか、ACかDCか。。。

問い合せる本人にその重要性がわかるまでは、決して方針が決まらない。
方針が決まるまでは、かかる費用が10万円なのか、10億円なのか、それすらも誰にもわからない。
負荷が判明しているのなら、実機検証をしようよ。
実機検証をしない限り、独立型のコストは決して見えない。誰にも、だ。
中でも、何を何時間動かすかは、ユーザーしか知らない。
こういうことも、負荷機器のメーカー仕様書には出ていない。
だから調べるしか無い。

でも、そう言っても、なかなかその必要性がわかってもらえない。
問い合わせを受けるたび、僕はいつも説明にくたびれ、喉がかわいてしまう。
ポンチ絵を書くのにも、手を腫らしてしまう。
独立型に限らず、この状態が系統連系まで連綿として続いてしまった。

本当に、日本市場は不幸だと思う。
その理由は、基礎を知ることが出来る独立型市場の時代を持っていないからだ。
理由はこれに尽きる。
日本はNEF補助金の頃から、いきなり住宅系統連系の時代に入ってしまった。
しかもまもなくキット化されてしまった。

これでは、独立型どころか、バッテリやチャーコンはもちろん、オーム法則すら知る機会がない。
構造や法令も考える機会も持たされていない。
ユーザーはシステム構築に参加できないということだ。
これはまずい。
それに面白くない。

メーカーやシステム設計者は、ユーザーを育てる義務を持っているはず。
もっと辛抱強く。
今一度足元を見て欧米のように、楽しくこの世界を育ててゆこうよ。

3月 27, 2010 問題提起 | | コメント (2) | トラックバック (1)

2010.03.18

キーワードの暴走

昨今は、「ホットスポット」がそう。
本当は40年くらい前から取りざたされてきた現象。
最近、太陽電池の不具合を通じてだいぶ知られるようになったから、心配だけで電話やメールをしてくる人が多い。だけど、意味を理解しなければどうもこうもしようがない。
中には全然関係の無いのも多い。
無智とは苦しいものだ。
まだ見えもしない厳罰の神に誰もがおびえはじめた。

電圧上昇抑制もそう。
コイツは頻発。
しかし、まだ起こっていないのに心配する人まで出てきた。
僕はこれからこの言葉の使い方を注意しないとならないと思う。

そのうち、アレイミスマッチとかブレークダウンとか魑魅魍魎へのユーザーの不安は際限がなくなるかも。
雨漏りなんていう分かりやすい言葉もこれらと実は同列的な受け止められ方をしている。
地震台風なんか、ずっと、そう。

難儀の共通点はユーザーはじめ関係者が現象をきちんと理解せず、言葉に振り回されているところにある。
こういうのは、いとも簡単に霊感商法に化けてしまう。
悲しいかな人並み以上の生活をしていて・・・要するに幸福で感度の高い人ほどこういうものに弱い。

そうするとキーワードを振り回せば商売になると、知らず思っている連中が出始める。
こういう無意識を「怪しからん」と僕は、厳しく見ている。

・・・なんか今日は放言が多い。
解決方法はまだ無いのだが、このままじゃまずいと思うことを思わずシャウトしてしまう。


3月 18, 2010 問題提起 | | コメント (2) | トラックバック (0)

ブローカー乱立、セラー乱立、サーティフィケイション乱立

この数年、事業者向けのテレアポが多くなりましたね。
・新聞雑誌に広告を載せませんか
・広告勧誘の自動送信FAX
・アンケートだかリサーチだか紛らわしいもの
彼らの電話、うるさすぎます。
シャープのコピー機とか、KDDIとか、NTT光とかぐらい、やかましい。
こういう奴らをブタ箱にぶち込めない日本法は、一体どうなってるんだ?

自動ファックスも多いね。
コンサル会社とやら、勝手につまらないファックスを送ってくるのはやめて欲しい。
紙と時間がもったいない。
連続自動返信を連発する意地悪を開発した人の記事を見たことがある。
「紙返せ」が延々相手の手元に届く。
わかるわかる。それ、やりたくなる。

メールもうっとうしい。
楽天やらヤフーの、あのやかましい販促メールくらい腹が立つ。

これらの連中は全部法規制して欲しい。
しかし、狡猾過ぎて、ブタ箱に入れてやるのも勿体無い。

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電話やファックスやDMを駆使して既存ビジネスの間に割り込むのは、定番商法のひとつなんでしょう。
しかし、彼らだか彼女らは何もしない、何も知らない。厚顔無恥です。
あれが減らないと、仕事時間が減るからやだなぁ。
最近は、怒鳴りつけてやっている。
その仕事、恥ずかしくねぇのか?なぁ、お前?
何が面白くて、俺の時間を泥棒する。
愚図野郎め。

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見積屋も増えました。
ローコストどうのこうのとか、
一括見積もりとか、

ひどいなぁ。
中身の話が出てきたためしが無い。
見積もりなんか、タダで出来るわけが無いじゃないか。

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ユーザー候補にもいいたいな。
安いだけがいいのならば、商社になればいいじゃないの。
今、流通業者が余っているので誰でも取引できますよ。
材料費なんか簡単に浮くでしょう。何十万も。
でも、あなたが自分で作れるかどうかは知りません。
少なくとも根気は要りますね。

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ついでにMETIやJPEAまで興行しているものだから、
あれに乗っかって、セールス。
能力と何の関係もない、受講証明のカードを呉れるでしょう?
でも、なんだか国のお墨付きみたいになってる。
そして、受講者たちはそれを妙な形で利用しようとする。
多くの受講者たちは、セールスの道具充実のために行っている。
NABSEPと同じような問題がここには、ある。

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関係者から、教育活動と啓蒙の実効性について議論が出ることがある。
なまじなCertifyはやめたほうがいいな、と僕は思う。
海外の状況を見てもそう。

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では、なまじではないやり方というのはどういうものか?
それはまだわからない。
少なくとも、その道のプロを集めて、糸を引くというものではないと思う。
おぃ、この構造おかしいんじゃないか?
「建築士に見させています。」
ほう、で、自分で見てどうだった?
「わからないけど、大丈夫でしょう?」
・・・自分ではわからないものを認め、売っちまうのか??俺には全然理解できん。

おぃ、この電気設計おかしいんじゃないか?
「電気工事士にやらせています。」
でもこれ、おかしいぞ。
「でも動いています」
・・・どうして動いていると分かる?
「表示が出てます」
ちょっとましなのでも「Pyrに比例してる」とか、「IVがきれいです」とか。
あのぉ、それって電気設計や安全とあまり関係がないんだけど。。。

ひどいのだと、
「意味が分かりません」
「○○年やってます」とか、
・・・(呆れながら)ほぉ、それがどうした?
これはもう尋ねる気もしない。

これが常態なので、頼りないことしきり。
人を呼ぶ癖に、手伝い甲斐もない。

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とかく、働く奴が増えないと、何にも良くならない。
この考えだけは変わらない。
変えさせてくれるようなものに出会ったためしがない。

ちょっと前まではPVの認知度を高めなければならないという状況だった。
でも今は違う。
変わってしまった状況に対応しなければ、社会全体に要らないものがあふれかえる。

3月 18, 2010 問題提起 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.03.17

いつも同じ話

電圧上昇抑制。
友達の現場で起こる。電話が来る。
いつものことだけど一緒に胃が痛くなる。
見知らぬ人からも連日電話が来る。メールが来る。
もう治らないのだろうな、と思う。

学会は技術で解決しようとする。
でも、技術では決して解決出来ない。
これは、僕は確信する。悲しいけれど。
政策は、政策で解決しようとする。
でも、いつも政策は遅い。10年たっても20年たっても状況は変わらない。

・・・実は、急いだところで、お金でしか解決が出来ない。

根本を変えるにはユーザーが問題提起をしないとならないと思う。
技術では解決出来ないことが、確かに、ある。

ただのそれだけをわかってもらいためだけにHPを作り、ブログを書いてきた。
でも、まだ何も変わらない。

太陽電池が安くなってしまって、
原発反対派みたいな、魂のある人達が減ってしまって、
そうして、モノゴトを変えるための、原動力が無くなってしまっている。

僕が、産総研の加藤和彦先生をえらいな、と思うのは、
誰も見ていなくても、行動することだ。
じっくりやれば山をも動かす。
正直、太陽電池の不具合についてこれほどまでに興味を持ってくれる人が増えると思わなかった。

もちろん、すぐにはなにも変わらないと思う。
でも、興味を持ってくれるテレビ、新聞、雑誌が増えてきた。
分かる人にはわかると思う。
いつしかPVオーナー共通のテーマになっていれば、と願う。

3月 17, 2010 問題提起 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2009.06.26

レモンな太陽光発電システム

消費者は経済合理的な行動をしようとする。
”同じもの”がすぐ隣のスーパーで安ければそちらに向かう。
向かうための労力がそれなりに小さければそうする。
労力がプライス差を越えていては行動の意味がないからだ。

厄介なのは、それが同じものかどうかが判然としない場合である。
同じ年式、同じ保証、同じ機種の中古車。あるいは新品のPV。
前者にあっては、かつての中古車市場が参考になる。
ジョージアカロフの指摘はここに始まった。
米国では中古ポンコツ自動車をレモンという。
酸っぱくて、やりきれない、という負の意味だ。
(正の意味はピーチ)

レモンには安い市価が付く。
しかし、レモンがレモンである理由を購買者は知らない。
業者はレモンの理由を知っている。
たとえば、事故車であるとか、だ。
しかしこれは、業者しか知らない。
これを情報の非対称性と言う。

この情報の非対称性を原因として、購買者はレモンとピーチを分別する方法を知らない。
分別方法を知らなければ、購買者は安いレモンを買うしかない。
選抜の基準は、価格しかないからだ。
しかしレモンはレモンでしかないから、購買者はその修理に要する費用や、ストレスで結局は高い買い物をしてしまう。
これを逆選抜という。

太陽光発電システムの逆選抜も同様に深刻だ。
購買者達は、kw幾らかの指標しか持たない。
本当は、何年使ってナンボ。
年間発電量(Yield)×運転年数+付加価値。
本当は、システムの生涯発電量が大事なのは、皆うすうす感づいている。

しかし、あまりの情報不足に誰もがそれを考えることをあきらめてしまっている。
だからこそレモンを販売することがビジネスであり、食べてゆく唯一の方法になってしまっている。
Lemon

6月 26, 2009 問題提起 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2009.04.28

転倒は笑いごとか?

台湾紀行の続きです。
私は彼らにアレイ転倒の事例を数例お見せしました。
話しながら、私は彼等の失笑に気付きました。
(日本の業者は)そんなものも検討していないのか、と。
私を世話して下さった方は数学者なので余計にそう思われたようです。
あれはミニマムも満たしていないではないか」と。
力学も知らない人が工事をしているのか」と。

インテリが多かったためか、そんな感想が普通でした。
しかしこれは本当に笑いごとでしょうか。
理屈の話をします。
要件:Mr>Mw
ここに、
Mw:(風による転倒モーメント)
Mr:(抵抗モーメント)
理屈としては簡単です。
ただのニュートン力学です。

じゃ、実際にやってみてごらんなさい。
頭で理解出来ていても、実際に代入すべきパラメータを集め、計算するとあっと言う間に一週間二週間と過ぎてゆきます。
是非、あなた自身がやってみてください。

何が大変か。
構造と言うものはアナログ回路設計と同じで、多数パラメータの一部を仮に埋めて計算、取捨選択、最適解への収斂させないとならないのです。
いくつものシナリオを立て、実際にCADを動かし、質量情報を集め、重心を解き、幾つものシナリオについて,実計算しないとならないのです。

事故例を目にして笑ってしまうのは、日本人も全く同じです。
しかし笑ってはなりません。

この検討期間、ユーザーはお金をくれますか?
呉れないでしょう。
ユーザーは、構造など、具体的に考えたこともないからです。
飛ばなければ良い。
ここには希望的観測だけがあります。
業者もそう。

だから大抵の業者は無設計を選ぶのです。
多くの事業者がサボる理由をちゃんと考えないとなりません。
実際、俺だけは大丈夫だという事業者が事故をやるのです。


本当は、このほかにもδ、σ、τを考えないとなりませんよね?
つまり、かなりめんどくさい。
大抵は最初にδでひっかかるでしょう。
その前に陸屋根設置ならば、M-resistanceでひっかかるでしょう。
しかもこのパラメータ、確保するのにいちいち大きな工事費がかかる。

だから日本メーカーは質量基礎を認めたくないのです。
儲からないうえに責任は重いからです。めんどくさいからです。

普及促進に当たっての問題点は、技術者不足です。
太陽電池コストは、もう十分に安い。最大でもたかが総コストの4割以下。
太陽電池が安くなれば・・・という幻想が主流としてまかり通っていますが、実は太陽電池の低コスト化による効果は、最大でもそれっぽっちなのです。
実市場において、総コストに占める太陽電池コストの割合がたったの一割もない場面が多いことは、もっと知られてしかるべきでしょう。

販売者は既に過剰。
工事人も、意外に居る。足りる。
実は、お客さん(ユーザー候補)もいっぱい居る。
一方で設計者、技術マネジメントをする人が全然足りません。

請負師や商社~工事人の間に足りないのは何か。
請負師や商社は鵜飼になりたがっている。工事人は鵜になりたがる。
それを職能とか、分限というと美しいでしょう。

しかし、職能とは汚いもので、自分の能力を超えること、分限を超えたことは、知らないと張り通す。
かくして、無責任がまかり通る現実がある。

その社会的影響度を我々は知らないとなりません。

元請けがこういったから、と言って、誤った設計の工事を請け負う業者を私は軽蔑します。モラル、モラールが育つのはいつの日でしょうか。
人のせいにして、世間のせいにして、それで仕事が成るものでしょうか。

戦うべきは、自分の小さな世間でしょう。
あなたの小さな世間はしばしば、強要します。
あの人がそう言ういのだから、と。

アホか!
自分自身で、試行し錯誤し、結論を求めなさい。

それから、ユーザー候補に言いたいことがあります。
安くしたいというのは、ほどほどにすべきです。
ただそれだけでは、誰もあなたのために働かないでしょう。
それほどの余裕はないのがこの業界です。

たったの一度でも良いから、システムの最初から最後まで、自分自身で検討してみてください。業者もユーザーも。
色々と分かると思いますよ。

4月 28, 2009 問題提起 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.05.21

PVグリーン計量法阻止ちょっと待った!

計量法適用もちょっと待った!!
計量法適用阻止もちょっと待ったです!!
技術的なこと、コストのこと、売る側買う側の立場を考えると、オールオアナッシングの議論じゃないんです。
実際に検定済み測定器で比較すると分かりますが、パワコンの積算表示は多いのも少ないほうもあります。機種によっては値が大きく狂ってます。

だから、PVグリーンを買う側のことを考えると、計量法の枠組みはさておき、全く検定なしというのはムチャです。かと言って、売る立場になると、検定メーターの設置費用は、数万円~数十万もかかります。しかも計器損失もあります。接続点が増えることにより事故リスクも増えます。また、計器設置に要する費用差は現地状況に依存するため販売者同士の不公平感も大きいものです。

私はこのような状況を仲裁しWin-WInを目指しために、”ある方法”を提案します。
・PVグリーンを買う立場にしてみれば、真値よりはるかに少ない量を買わされる可能性があるのはたまらない。
・売る方も、より多くのプロフィットを得たいから検定計量器など付けたくない。(①検定器の工事費用は高い,②工事費用には現場ごとのバラツキが非常に大きい)

「ある方法」とは割引制度です。
現状ではパワコン積算表示を基準にやってます。
しかしこれはパワコンの誤差がひどいので商取引として不公正です。買う側にしてみれば、真値より多い場合は構わないが少ないのはたまらない。売る側にしてみれば、精度を追求しても、精度に要する費用は自分持ちかつ多大。
ならば、
・PVグリーン販売者は検定器を設置しない。
かつ
・パワコン積算表示×0.8~0.9くらいを正規量と定めて取引する。
このようにやるのがベストでは無いかと考えています。

それぞれのメリットを整理すると、
PVグリーン販売者側のメリット
・計量器をつけないことによる不要コストの削減。
PVグリーン購入者側のメリット
・ミニマム管理された量が買える。

双方の総コスト対効果を考えると、落ち着きどころはこのあたりになるはずです。
1年前から主張してるのですが、誰も気に止めてくれないので書いて見ました。批判すらないのです。議論が不十分だと感じます。
パワコンメーカにも「パワコン自体に検定が取れないのか」と問い合わたこともありましたが、ロジコストが無駄にかかるのでソリューションとしてうまく行かないとの回答でした。私もそう思います。

5月 21, 2008 問題提起 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.05.14

技術情報の公開に関して

例えばパワコン。
部分負荷効率に加えて、Vin何ボルトでそうなのかといったデータが欲しい。
そうでなければ、どうシステムを組もうが同じということになる。
そんなわけ無いでしょ。
ηEU = 0,03η05 + 0,06η10 + 0,13η20+ 0,10η30 + 0,48η50 + 0,20η100

例えばモジュール。
温度係数くらい欲しい。温度を考えなければならないとき、海外のを見てる。
めんどくさいし、合っている保証がない。

例えば架台。
梁の断面情報が欲しい。無ければ、怪しいと決め付けるしかない。
表面処理の情報も欲しい。どのように腐食するかの見当をつけたい。

もっとも有用なのは、どうしたら壊れたかという事例集かもしれない。
同じ失敗を繰り返さないほど、効率的な仕事法は他に無い。
PVを長持ち、よく発電させることを目的にするならば、これが情報公開の第一ステップ。

発電性能がどうのこうのなんてのは、第二ステップ。
既製品でより良いシステムを組もうとしても、情報が少なすぎる。
そして、もっと人材を育てないと。

だが、人材を育てるといったところで、PVの世界は用語統一すらできてなくて、同業者同士の会話もなかなか成り立たない。僕等はいつまで造語をひねりだし続ければ良いのだろう。システム内容をめぐってユーザーと全うに対話するなど、まだまだ先のことだと思われる。

5月 14, 2008 問題提起 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.25

もっと精密な議論を

日本の太陽光発電の売れ行きが落ちています。
フィードインタリフや補助金といったインセンティブ不足を理由にユーザー側の事情ばかりが取り沙汰されますが、これはあまりにも浅い見方です。

今、プッシュ型であれプル型であれ、熱心に顧客の元に通い販売し、設置する業者がどんどん減っています。
業者をやっている人には、その理由ははっきりしています。

食えないから事業を続けられない。

引き金は色々とありましょう。
すぐに思い当たるのは、建築基準法改正による新築の停滞。それから特商法改正による訪問販売事業者の撤退。

しかしですね、偉そうにのたまう僕もたった18年しかやってませんが、過去を思い起こすと、その程度で業界が弱体化するとは思えない。
太陽光発電と言うのは、どこか宗教性があって、儲かろうが儲かるまいがやりたいからやる、という人たちによって支えられてきたように見えます。
日本にFITほどの強力な武器が無くともまぁまぁに普及してきたのは、ユーザーの環境意識が高いからといった分かったような分からないような説明が行政や学界関係者によってされてきましたが、業者のほうも似たような感じです。だからか、年収200万だか300万みたいなのしょぼしょぼ収入の、はっきり言ってしまえばビジネス劣等生なんですが、そんな状況でも熱心に取組む業者がたくさんあったのです。

でも国策はなおもプライスばかりに心血を注ぐものですからあぁ、もっと厳しい生活をしなくちゃならない。とばかりさすがに皆んな、嫌になっちゃうんですね。本当に食えなくなっちゃう。乾いた雑巾絞りにも限度がある。
そんな感じでこの数年、多くの同業者が去ってゆきました。

私のところはまぁ、良く知られたあの住宅系統連系みたいなの以外に、独立型だとか、開発だとか、製作だとか変なことばっかりやっているので食ってゆく方法はあるんですけど、PVはビジネスになりまっせ!とばかり業界の実情も知らぬままメーカーに引きずり込まれた新規参入者たちにはたまりません。

ぼんやりとやっていたら続かないよ。ビジネスを続けるためには、ああせい、こうせい、とか説教臭いことを言いたいんじゃありません。
私が心配しているのは、これから参入される人たちのことです。
そして、事業者に新規雇用の原資が無くて若い人が来なくなるので、技術の空白世代が出来てしまう可能性です。
そしてそれが国益を損なう可能性です。

技術の空白世代が出来てしまうと、最先端である現場に何が起こるか。
何でもわかっているが屋根に上れないジイさんと、体は良く動くが何もわかっていないアンチャンが現場を支えてゆくことになります。これでは内容が到底おぼつかなくなる。

せっかくですから、品質の背景にあるものに言及しますとね、実は、わが国の場合、非常にやばい。
行政や学界関係者は施工品質、施工品質の低下なんて言葉を使います。

だけどこれは、設計をし、現場をこなし、実情をみてゆくとわかってくるんですが、ちょいと的外れな表現なんです。
職人はそうそう皆さんが思うほどいい加減ではありません。元が大工であれ電気屋であれ、鍛冶屋であれ、彼らにはその世界での下積み経験っていうものがあってちゃんと手も動くし、設計に基づく作業くらいは出来るんです。もちろん、人間のやることですから全部が完璧とはいかないですし、モラルの低い職人が荒っぽい仕事をしてたりもしますが、これまで報告されているような事故の本質的背景を辿ってゆくと、職人に原因があるものは、実は、非常に少ない。我々は職能ってものをそんなに簡単に馬鹿にしちゃいけないんです。

で、何が原因かって追いかけてゆくと、大抵は、設計なんです。
設計と施工は併記されることが多いんですけど、絶対にごちゃまぜにしてはなりません。
とにかく、最低限の設計がなされなくなっている。例えば、太陽電池アレイが風で飛ばないようにするとか、逆潮流の計算だとか、蓄電池DODの見通しだとか、そういうのが出来る人が本当に少ない。

こういうきちっとした話をしなくちゃならない時に、「当社のスタッフは経験豊かな職人がどうのこうの、だから大丈夫」とキャンペーン用語みたいなのや、有名メーカーの暖簾でお客さんを煙に巻く人もありますが、勘違いも甚だしい。メーカーが設計したり屋根に上って工事するわけじゃないんです。材木屋が住宅性能を保証しますかね?暖簾の使い方も、こりゃ、怪しからん。

風とか地震とか雪と言った、自然がもたらす外力は、人間の寿命期間では経験しきれる筈も無いことに思い及ぶべきです。自然ってヤツは、時間軸スケールも、量のスケールも、一個人の経験や寿命よりもうんと大きいんです。だから過去の統計があって、工学ってのが法律の形で整理した技術体系がある。
まぁ、計算でダメなものは、実際もダメです。今まで大丈夫だったからというのも大きな勘違い。運が良いか悪いかの違いだけでしょう。ちゃんと机に向かい、設計しなくちゃだめだってことです。少なくとも、外に面しているものは皆自然の影響下にあるのですから太陽電池を筆箱の中のボールペンみたいな静的なものと見なしては、全然甘いわけです。

また、「住宅だから・・・」と安い仕事を何かと軽微にみなしたがる人があるので忠告しますが、住宅は屋根材が飛散しても燃えても、公に大災害をもたらすことがあります。飛散すれば人を下敷きにすることだって考えられるし、燃えたら地域に火災がひろがるでしょう。
だから、安全を考える際は、公と私をごちゃまぜにせず、精度の高い議論をしなければならないのです。

PVをはじめとする建設の世界には、私と公の分別が出来ない人がまだあります。
住宅だからとか、大平原の一軒家だからこの程度でいいだろう、という感覚がその典型かもしれません。”私”の所有物だからまぁまぁで良いという主張です。しかし、主人の死後、あるいは存命中にだって、それが不動産として取引される可能性がある以上、これは”公”に属します。今の持ち主は私人かもしれませんが、建築物やPVは個人の寿命を超えて耐久しうる以上、そうした緊張感を持って作られないとならないのです。

そしてこうした地道な取り組みが社会ストックを生む。
サスティナブルってヤツです。
そこまでやれて初めて、環境に優しい太陽光発電なんて大層な言い方ができるんじゃないでしょうか。前も話したかもしれませんが、太陽光発電そのものが環境に優しいんじゃないんです。我々は環境に優しい太陽光発電システムを作らないとならないのです。そしてそれがどのようなものかというと、ある一定の事故リスク下にとどめることによってそれを長持ちさせ、機器生涯に多くの生産量=電気を得るってことです。

寄り道が長くなりましたが、品質のところに戻ります。
PVをエネルギー源として真に有効なものとするには、これまで話したように長持ちしちゃんと発電しなければなりません。。

僕ばっかりがシャウトしていても説得力がないので、海外に目を向けます。
海外の連中はどの程度真面目にやってるのかな、と。
全ての外力とか電気のことを考えると、読む人が大変なので風荷重のことだけで話題を進めます。

Eurocode-1が二年前に発効したので、特に1-4に関する欧州の動向がずっと気になっていたのですが、ちょうどPI誌に架台に関する記事がありました。これは日本で言う荷重指針に相当しますが、向こうではPVにも適用しているのかしらん。と。
するとどうもPVにも使っているようですね。ある地域では外力が小さくなったが、ある地域では架台コストが3倍にもなった、と。そういえばドイツに遊びに行くと、金具にテュフの認証シールが貼ってあったりもする。Kyrillへの反省もあったんでしょうか。

再び日本のこと。平成12年の大改正からブツは変わってません。FEM解析とかやってみたんですけど、むしろ以前よりチープになっています。金具もヘタクソなカンチレバーのままです。感心しません。市販の架台梁も、計算してみるとダメなのが結構、ある。
これって世界に冠たる日本の風工学の進展を誰も現場に生かしてないってことじゃないですか。平成12年のが最早旧すぎるのかと疑って海外文献を読み漁ったこともあります。それこそASCEとかBSとかAS/NZSとか、論文も片っ端から。すると、最新のASCEほどの運用性はないものの、日本の告示は相当に出来が良かったのです。でも、日本の太陽光発電業界は、こうした日本の財産を生かしていない。

階層が深くなりました。フォルダ階層を上に登ります。
品質とか設計とか、そういうことを標語なんかじゃなしに、きちんと実行しようとすると、上述のような風計算みたいな面倒ないちいちをやれる人が必要になってくる。
ところが、やれる人、即ちインテグレータは殆ど居ない。

しかし漫然と嘆いていても仕方ありません。
何故、わが国にはインテグレータが出てこないんだろう。
そう考えるようになりました。
すると最初の話になるんです。わが国のマーケット状況では、設計の予算なんてまるで無いんです。ゼネコンが本格参入しない理由がよく分かります。
コストダウンの追及も結構ですが、コスト一辺倒では、必ずシステムインテグレーション技術の空白期がやってきます。必要なモノゴトをサボることになります。人を育てるカネも時間も無いのですから。必要な本すらも買えない。販売店の書棚を見て御覧なさい。売上げ伝票くらいしかないじゃないですか。
そして、こんな割に合わない仕事を、これからの若い人がやってくれるでしょうか?

業界関係者は、キャンペーン用語を振り回すだけではなく、もっと具体性のある、精度の高い議論をして欲しい。風圧力のことは風圧力のこと。連系点のことは連系点のこと。逆潮流のことは逆潮流のこと。一々の既存技術とそれを扱う各々の立場をきちんと掘り下げ、教育活動なり法整備なりの社会基盤を作る意気込みが必要なのです。
後者は、こういうことです。
建築によって生じた日陰一つ守れないことでどうするんですか。
電圧上昇問題のユーザーすら守れないことでどうするんですか。
ファクターは出揃ってきたのだから、もはや、研究よりも法律の方を見直す議論が必要でしょう。

で、ここでは前者の方をメインに書いてきたわけですが、
若い技術者をこれからどうやって育てるか。
その前に、彼らが食ってゆける業界環境にしなければならない。
これが今の太陽光発電業界の最大の課題です。
普及だ普及だと騒いで見せたって、それは政治がうまくいけばまだ何とか成ります。

一方、人を育てるには時間が必要です。

既存業者側も、この苦しい時期をもう少し耐えないと。
食えないからと言って、卸販売(PVの事業展開の中で一番ましな収益性)ばっかりに執心するのでは、事業者の個別問題解消に過ぎません。
なんとか食いつなぐだけ、という空しい営み。。。

先日、とある外国の太陽光発電事業者が僕の元に遊びに来ました。
彼は、「あちこち見学に行ったのだけど」と言い、こう続ける。

日本の多くの販売店は、工事を外注に出して屋根の下で口開けて眺めているばかりだけど、どうしてお客さんは怒らないのか?

がっくりきました。
このままで良いはずが無い。決して無い。
現状を把握して、手を打ちましょう。
滅法に動いても何にもよくならない。怪しげなものをばら撒くだけになってしまいます。

3月 25, 2008 問題提起 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2006.09.12

主幹ELB問題

もう全然間に合っていません。私たち数人でのNPO活動には限界があるので、大事故が起こる前にここに書くことにしました。営業マンは、その後、現地に訪問する機会があれば、主幹ELBと連系ELBの形式とそのワイヤリングをご確認下さい。以下、危険度順に示します。

●逆接続不可能な主幹ELBを使っている場合であって、銅バー後端に連系してあるのは、全てNGです。主幹のトリップコイルが焼損している可能性が大です。これでは漏電時にトリップしません。人身の安全に関わります。分科会・東電では早期にNGであることを通達している方式です。内規ではもちろん、大NGです。
●逆接続不可能な連系ELBの使用。これも同様です。漏電時にトリップしませんので、早々に交換してください。
●逆接続不可能な主幹ELBであって、銅バー前端に連系してあるものもNGです。これはネジ部の電流密度が高く、内規でも危険が指摘されているものです。

事後策ですが、再配線あるいは、ELB交換、あるいは、両方の作業が必要です。
特に、00年代以降に参入された業者さんは、良くチェックしてください。内規以外にこの問題を指摘している資料が少なくなっているため、確認が必要です。

メーカーの教科書どおりにやっているから大丈夫だろうとか、電力による検査を受けているから大丈夫だろう。という説もありますが、彼等も神様ではありません。メーカーの教科書も万全ではありません。同様に建設業免許があるから大丈夫だろうとか、電気工事業の免許があるから大丈夫だろうとか、メーカーが見てくれたから大丈夫だろうというのも、思い込みに過ぎません。

誤りを見落としがちなほど、実際のワイヤリングパターンの方が多いのです。
この問題を抱える太陽光発電は、中部地域で***件を超えています。全国では****件を超えているでしょう。

お手数ですが、電力さん・保安協会さんも折に付けご確認をよろしくお願いいたします。
また、適合配線マトリクスのリスト化にご協力いただける方は名乗り出てください。お金にはなりませんが電気安全のために取組むべき課題です。一緒にやりませんか?

9月 12, 2006 問題提起 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.09.07

補助金のあり方(提案型)

太陽光発電に補助金が導入されて、久しい。
NEFはもう終わってしまったけど、自治体によっては年々その規模を小さくしながら、一部継続している。かく言う私も、かれこれ10年も前のことか、地元の自治体にお願いして助成策が始まるのを見届けたことがある。(3自治体くらいが共感してくださり、制度発足してくれた)

でも、昨今のように、こうも助成額が小さく、手続きが膨大になると、その効果の程は疑わしい。

前提だが、世の中は、悪い人のために回っている。
太陽光の助成金はメーカーや販売店による不正受給が多すぎた。


すると、行政からの締め付けが始まる。
証明の類が増える。時系列の整合が増える。漢字の表記を細かく問う。。。etc
書類が多すぎるのだ。書類がややこしすぎるのだ。

これではチェック事項が多すぎて設置者本人による申請では、ちょっとした記入ミスが原因で書類がハネられてしまうことが少なくない。すると貰えるはずのものも貰えない。
これじゃ、全然インセンティブにならない。マジメな者が苦痛を味わうばかりだ。意味が無い。

ここでプロの登場とあいなる。
大抵は販売会社が代行することとなる。
ところが、販売会社だって、本当はあんなにややこしい手続きをやりたくない。なぜなら、自治体毎に異なるローカルルールの把握は、困難だし失敗しやすい。それに万が一手続き書類の進行を失敗したら尻拭いしなければならないのだから。

気の毒なことだけど、私の身の回りにも失敗した人が居た。
彼は気のいい技術屋さんで工事屋さんだ。
うっかりこの手続きに手を出した。
しかし、時系列の管理だったか、住所の漢数字、アラビア数字の相違だったかで書類がハネられた。そこで彼が補助金分を負担することになった。彼のお給料よりも支払いの方が多くなった次第。

こういうことがあるから、助成金の書類は端座&お祈りして取組むことになる。というのは冗談だが、この書類には、一字一句への大変な集中力が要る。期限があるから、ちょっとした”うっかり”は全く許されないのだ。

するとここに膨大な人手がかかる。
何かヘンだけど労務としては当然か、販売会社によっては、「補助金手続代行手数料」なんてのを見積や請求書に記載しているところもある。この文字はちゃんとOCRに通るかな?この住所表記は、住民票と整合しているかな?書類の書き手が設置場所の住人ではないだけに、それはもう気の遠くなるような"不毛な作業"だ。

そこで、補助金の書類を作る専門の事務員が多くの会社で雇用された。しかしNEF補助金終了とともに解雇。そんな憂き目に遭った人を私は3人知っている。太陽光発電の普及には、雇用促進・産業促進などの効果もあるが、こと補助金に限っては少なからぬ人々の人生を狂わせてしまった。

さて、話を元に戻す。
かかる次第で、補助金の手続きには、同じ時間で設置工事が済んでしまうくらい切ない手数を踏むことを要する。

設置者本人の電灯契約名が誤っていること。印鑑証明書が誤って登録されていること。住民票が誤って登録されていること。これらは日常茶飯事。地番整理があった地域などはとんでもない。

すると、書類整合のために、今までの行政への登録情報の書き換えなども発生し、数十、数百時間も走り回ることがある。今にして思う。太陽光発電の事業者は、安上がりな住民登録情報の修正係だったのだろうか。

こうした次第で、助成金を受けないほうが経費安になる場合が少なくなかったあきれたことに、こうした場面はしょっちゅうだった。(行政書士が訪問販売した方がいいんじゃないかと思った。)これを私たちは、SubsidyTrap(補助金のワナ)と言う。

今、多くの自治体で太陽光の補助金がなくなろうとしている。
それはNEFの手続きによって保障された、”悪い人をはずすための与信”が出来なくなってしまったから。

しかしここで地方自治体の行政官を責めないで欲しい。
ほんの僅かな人数、あるいは、兼任兼務だらけの自治体担当者単独でルールブックを作り、設置者本人や業者を与信してゆくのはひどく難しい。法やルールの合間を縫う輩を排除するのは、行政の一担当者の労力ではとても及ばない世界なのだ。

私は、補助金が無くなってよかったと思っている。
助成金申請、需給までの労務を差し引くと、インセンティブが無い今の方が設置者にシステムをさらに安く提供できる場合が少なくない。こんな大雑把な表現に問題があるならば、「補助金手数に要する労務負担・人件費を、設計施工の高品質化に振り向けるべきだ」と私は言おうとしているわけである。

良くない助成例(設備規模KWあたりに助成がなされる場合)
●設備規模あたりの助成額が少ない場合かつ本人手続きが困難なほどに煩雑な場合。
例:設置規模が小さく、10万円未満しか受給できない場合。
ここで手続きが複雑すぎると、手続きに要する時間と同じくらいの時間で10万円以上の仕事が出来てしまう。特に、時系列を追いかける期間が長いとそのチェック労務は大変な量となる。
設置前の申請、設置後の受領のための申請くらいで済めばまだ良いのだが。。。
予算が少ないのならば、他に方法はある。地元商店街の商品券とかを簡単な手続きで配布するなど、上手な自治体もあった。
●期限があるために気持ちが急かされて漫然と契約している事実がある。1万歩譲って、設置者側の太陽光発電導入の動機が歪んでしまうのはやむをえないとしよう。だけど、助成額の過多にまどわされて電気効率上好ましくない内容を希望するお客さんが少なくないのは参った。業者側としても補助金期限までの限られた時間で技術的正当性を説明するのは大変だし、設置希望者側は、何のために設置するのかという目的を見失ってしっていることがある。ホントは発電量にインセンティブを与えるべきだが、これは自治体担当者によるチェック労務が大変すぎるだろう。(少なくとも地方自治体にはマンパワーが足りないところが多い)

●プッシュ型の営業、中でも訪問販売では、国や自治体が補助金を出している事実が太陽光発電販売の素晴らしい大義名分になる。販売業者は受注機会が増えればそれで充分なのだ。しかし、プル型営業で公平な一発価格を提示する業者にとっては、労務が増えるばかりで、却って経費高を招き、エンドユーザー価格高騰を招いている。これは弊害だろう。長期的にはこれら美しい大義名分を通じた強引な普及シナリオを促進するよりも、無意味なコスト、つまりSubsidyTrap(補助金のワナ)を回避するためにも無策で居る方が良かったりする。

どうせ、補助金をやるなら、設置者にとってインセンティブとなる形をお願いしたい。すると、たくさん出すか、手続きを簡素化するしかないだろう。
不正受給は、発覚次第、厳罰!!チクリ推奨!!
暗いなぁ。。。せめてメーカーの不正はもっと責められるべきである。

それにしても、全うな人々のために行う効果的な助成策はは無いのか。今のままでは、「無いほうがマシ」という助成金が少なくない。このお金は福祉など他のことに回したほうが良いのでは無いか思う。

以上は3月の記述。(若干の表現修正あり)
放言の身勝手が嫌なのでいまさらながら追記する。


提案:
云いっぱなしは良くない。文句を言うのは誰でも出来る。文句だけ言うのはあさましいことと思う。そこで未来に向けて、発展型の提案を行う。


モデル:
愛知県安城市。
太陽光発電を設置した市民に、インセンティブとして地域の商品券を発行する。額面は数千円で充分。商品券を受け取るための諸手続きは、「本人による申請」によるのが基本。私は安城市の担当者に拍手を送りたい。

効果:
①不正が起こりにくい。

申請者は、不正告発からの追及を逃げられないのだ。家を買い、居を構え、高価な太陽光発電を導入する人は、その地域に腰を据える覚悟があるに違いない。家ごと逃げるのは難しいので彼等はそうそうヤバイことをしないだろう。不正は低率に留まると予測される。
②業者の労務負担が少ない。
本人申請ではなく、業者主体で申請されるとき、この作業は業者の総コストにONされる。当たり前である。構造的な配慮が必要である。また、インセンティブの受給は本来受益者の行動にまかされるべきである。

③役所の労務が少ない
住民が窓口に申請に来るとき、書類の書き方を繰りかえし教えるのは苦痛かもしれない。業者を経由した方が言うことも良く聞くかもしれない。しかし、本人申請であれば、①の理由により、書類から与信機能をいくらか省くことが出来るため、役所担当者は、フォーマットの製作・書類チェックといった、個々の書類に関わる作業量を少なくすることが出来る。
④地域商品券が地域振興に役立つ。
自治体が自治体の外部にある地域の人々を儲けさせる必要は無いだろう。投入した税が地域を潤し、地域に戻るのは理想的な姿だ。
なお、補助金の配布規定を、自治体地域内に居を構える業者との契約に限定するというルールを見たことがあったが、あれは愚かである。なぜならば、当該地域に充分な技術力を持つ事業者が無いシーンがあるからである。また、全ての設置希望者が自治体主導による土着取引先を望むはずはない。市民の財布までコントロールするのは行政のおせっかいである。

④要らない人は申請すらしない
行政は、要らない人は要らない、という現実をしっかり活用できる。「補助金は要らない」と明言するお金持ちや篤志家に行政が補助を出す理由は無い。むしろ彼等の志を高く評価しなければならない。この評価経費の方が安いし、効果的だろう。ここでは、行政は、業者主導の十把ひとからげな申請から税金を守ることが出来る。
多くの業者は「補助金による行政の後押しを営業トーク」とするので、インセンティブを不要とする人にまで、まんべんなく補助金をばら撒いてしまう。これは税の有効活用の観点からクレバーなととは思えない。要らない人は要らないのだ。環境や原子力推進に懸念を示し、自費のみで太陽光発電を導入しようと言う志高い人が、世にあるのだ。彼等の自由意志を尊重してやって欲しい。


指針:
行政が太陽光発電を推進しているということが、市民に伝わり、これを通じて市民の環境意識・エネルギー問題意識の高揚を促せば良い。
他にインセンティブは要らない。地域振興券数千円でいいんじゃないだろうか?
太陽光発電を買えない人は買えないで仕方ないのだ。そうでなければ行政は市民の所得格差を埋め、さらに太陽光発電に多大出費を行う覚悟する必要があるだろう。しかし何もそこまでする必要は無い。行政が太陽光発電を応援していることが分かれば充分なのだ。お金が余っている自治体は、予算を他のことに振り向けて欲しい。


排除すべき方法:
10万円以下の補助金(お金)。
これは上述の通り。お金は太陽光発電導入者のココロを狂わせる。
業者による申請
業務進行の内部コストがかかる。このコストは、太陽光発電導入者が払っている。
また、不正防止が困難になる。

抽選
抽選は論外。不公平感を募るばかり

逆の立場に立ってみたい。太陽光発電を導入しようと思う人たちは、当たるまで待つ。自分だけがハズれるのは悔しいからだ。そのことが、事業者のセールス意欲を削ぎ、普及を妨げている。このような無駄な予算は、他のことに振り向けるべきだ。
実施方法がまずければ、逆効果にしかならないのだ。

9月 7, 2006 問題提起 | | コメント (6) | トラックバック (0)

2006.08.18

太陽光発電の”販売”とはなんぞや?

太陽光発電の販売(販売という言葉は不適切だし苦手なのだが)を2つにわけて考えてしまうのは私だけだろうか?

●一つは商業であり、太陽電池を売るという仕事の延長で誰かが屋根に太陽電池をくっつけてくれるもの。メーカも資材のキット化とかフランチャイズとか代理店権の付与とかでこの尻馬に乗っかっているからタチが悪かったりする。しかもこれは、モノを買うと思っているユーザーの感覚にはぴったりフィットしていたりする。
けど利益の余剰額で仕事をしようとする怪しい感覚からビジネスをしているので歪みが生じ易い。当社にもよくお引き合いがあるのだが、この問い合わせの内容たるや「kw幾らでやってくれるかね?」なんていう感じ。kw幾らもクソもなく、簡単な現場は簡単だし、難しい現場は難しい。費用は内容によって変わる。そこで、100万かかるものの予算が50万しかなかったりすると、受発注の構造の中でVEと称した美しいダイエットがなされる。その実態は単なる手抜きに過ぎなかったりする。

●もうひとつは匠業であり、設計をし施工管理をし、施工することに費用を貰うもの。太陽電池は資材だから原価で譲る。まぁ、世には不届きな輩もあるのでリスク管理のために金利相当分くらいは貰う。でもこういう職人連中はその原価を示した上で経費とか工賃とかをきちんと説明できる力量もないから、職人が1日30000円としてぇ。。。などと勘定すると、いわゆる施主さんに叱られちゃったりする。30000円*25日*12ヶ月=年収900万円??などとドアホなことを言う人が少なくないのだ。実はこれでもこの職人は年収300万円くらいである。駆け出しの中小企業サラリーマンと同じくらいだろうか。

その内実については、何にも隠すことなど無い。めんどくさいので書かない。どうしてもと言うならまた書くが、中でもエレキの職人ともなると工具だけで一人あたり千万を超えるのでその原価償却と自動車のことも見てやらなければならない。税金のこともある。日本の税率は約50%。保険のこともある。だから私の仕事を手伝ってくれる職人には本当は30000円も払えるはずも無い。代わりに保険を払っているからその分も目減りしている。
さらに職人には力量差もあるので、このあたりは、私は、「当社の日当は一日3千円~10万円」などと平気で言っている。もっとも10万円も持って行ってくれる職人は10万円以上の仕事を一日のうちにこなす力量があるのだから当然。(このレベルになると実際は施工日以前の空き時間に施工図を描いたり、雑多な部品調達を手伝ってくれたりしているのだが。)3000円の方は、見習いのメシ代。つまりタダで学校に来させてあげるということ。

ここで気難しい現実は、頻出シーンつまり標準的現場ではどちらも施主さんへの提示総額が変わらないということ。一方、ちょっとややこしい現場だと、後者は100万円くらい多くかかるシーンが見受けられたりして「高い」などと文句を言われたりする。

でもちょっと冷静に考えればわかるように、後者のほうが当たり前の仕事の流れであって、現地にかかる費用をそのまま反映しているに過ぎない。これが不正義だといわれたらかなわない。10年後、両者の品質差がどう立ち現れるか、何が起きるかという結果を待っていたら良心的な職人達は干からびるだろう。
そこで、スネに傷を持ちながらも日々職人達は「まぁしょうがねぇか」、と自分の請負師の言うがままの誤った仕事に手を染めることに慣れてゆく。

8月 18, 2006 問題提起 | | コメント (6) | トラックバック (0)